■■■平衡型EL34全段差動プッシュプル・モニター・アンプ■■■
EL34 Balanced All Stage Differential Push-Pull Amplifier
できました!
全段差動のパワーアップでございます。やはり、最低でも10W出ないと面白くない、という皆さんのご要望に応えたいと思ってずーっと、ずーっと準備をしてまいりました。ようやく、ここに15Wバージョン登場であります。ついでに平衡化もやってしまいますが、わざわざ平衡化などしなくても普通に作ってもこのアンプの良さは失われません。本機の回路をよくご理解いただければ、どちらでにもなってしまうアンプであることは容易にご理解いただけることと思います。
全段差動プッシュプル・アンプは純粋A級アンプであるため、得られる出力は「出力トランスの1次インピーダンス」と「プレート電流」で決定され、また管種(Eg=0Vの立ち上がりおよびバイアス特性)によって「電源電圧」がほぼ決定します。たとえば、1次インピーダンスが8kΩの出力トランスを使って10Wを得るためのプレート電流は50mAであり、15Wを得るためのプレート電流は61.2mAです。EL34の3結の場合、上記条件で10Wを得るための電源電圧※は約330V、15Wを得るための電源電圧は約390Vくらいになります。ちなみに、15Wの出力が得られる設定でのEL341本あたりのプレート損失は22Wくらいですので25Wの最大定格以内に収まっています。8kΩの出力トランスを使い、プレート電流60mAでザクッとロードラインを引いてみたのが下図です。ここで使ったEP-Ip特性はMullard発表のものですが、EL34の3結の実際のEp-Ip特性のVg1=0Vのカーブはこれよりももう少し立っていますので、もう少し低いプレート電圧でOKです。※バイアスによってカソード電位が嵩上げされる電圧を含みますが、出力トランスのDC抵抗による電圧降下は含んでいません。
アンプ部に390Vの電圧を供給するには、電源トランスにはざっと見積もって320Vくらいの2次巻き線が必要です。必要な電流はプッシュプルで120mAほどですから、初段およびドライバ段の消費電流が仮に10mA必要だとして、片チャネルあたり130mAになります。320V、130mAというと、ノグチトランスでいうとPMC-150MあるいはPMC-170Mが該当し、320V、280mAというとPMC-283Mになります。TANGOですと、MS-160およびMX-280が該当します。モノラル構成を選んでもステレオ構成を選んでも、どちらでも手頃な電源トランスが既製品で入手可能です。
回路構成は全段差動標準アンプ(2段構成、3段構成を問いません)のものがそのまま使えます。耐圧の問題さえクリアできれば、特別な配慮や工夫は必要ありません。ということは、2段構成あるいは3段構成の標準的な全段差動PP標準アンプの回路そのままに、電源電圧を高くして、出力段のプレート電流を適切な値まで増やすだけで容易に15Wまでパワーアップができるということです。注意点というと、コンデンサ類の耐圧をアップさせ、抵抗類の消費電力を見直す必要があることですが、回路の消費電流が2倍になることで電源回路が設計の難しさを増しています。また、電源回路のところで述べますが、ダイオードを使ったマイナス電源の場合、3段構成に時は電源OFF直後意生じる超低域発振を防ぐために若干の部品追加が必要です。
ここで製作するのはモノラル構成の平衡型EL34全段差動プッシュプル・アンプです。3段構成の全段差動PPアンプをベースにハイパワー化&平衡化を行っています。なお、この回路図および各部の電圧は実機により実測値です。<アンプ部>
入力のボリュームは省略しました。ボリュームをつける場合は、2個の56kΩの抵抗のかわりに50kΩ2連ボリューム(Aカーブ)を使ってください。但し、モノラル構成でチャネルごとにボリュームをつけると、2台のモノラルアンプの利得を揃えるには自分の耳に頼るしかなくなります。音量調整をプリアンプでやることにして本機の入力には何もつけないか、6dB刻みくらいで3〜4ステップのアッテネータをつけたらいいでしょう。アッテネータの回路例はこちら(30W版全段差動)にあります。
負帰還はスピーカー出力から初段ゲートにかけたためアンプ全体としては反転増幅器になっていますが、スピーカー出力側のHOTとCOLDをひっくりかえすことで結果的に非反転増幅器としています。初段の定電流回路が1.6〜1.8mAとなっているのは、2SK30AのYクラスをIdssで選別※するのに1.5mA以下のものがなかなか得られないためです。
ところで、本機の負帰還のしくみについて一応触れておきます。負帰還では、出力側の信号を一定の比率(βという)で減衰させる機能と、減衰された出力信号と入力信号と引き算させた結果を再入力する機能とに分かれます。本機の減衰機能は、2.2kΩと160Ω・・・0.16/2.36になる、および100kΩと56kΩ・・・56/156になる、の2段階で行われます。両者を掛け合わせた減衰率は1/39.3ですので、これを使って負帰還量の計算をすればOKです。厳密には、ボリュームの位置によって負帰還量は変化してしまいますが、その変化量は56kΩに対して50kΩの1/4、すなわち12.5kΩ程度なので影響はほとんど無視できます。入力信号は56kΩと100kΩの2つの抵抗で減衰させられてしまうため、最終利得は100/156に目減りします。この目減り分には負帰還の効果はありません。ただ減衰するだけです。
ドライバに5687の名前が見えますが、やや特性が異なる12AU7や6FQ7、6SN7GTもわずかな変更で使えます。その場合は、ドライバ段定電流値を6mAから5〜5.5mAくらいに減じてください。出力段のバイアス調整回路は、10kΩ2連B型のボリュームで行います。ボリュームを回した時に、2つのグリッドに与えられるバイアスがシーソーのように互い違いに増減するように配線してください。グリッド抵抗が100kΩとこれまでになく低い値になってるのは、EL34だけでなく手持ちの6GB8や6550Aが使えるようにするためです。EL34以外の多くのパワー管はグリッド電流が流れやすいためグリッド抵抗値を低く設定しないと動作が不安定になるためです。それに併せて結合コンデンサ容量を0.47μFと大きめにしてあります。EL34のみの場合は、0.22μFと220kΩの組み合わせでOKです。
ちなみに、この3管(EL34、6G-B8、6550A)は3極管接続にすると内部抵抗がほぼ同じになってしまう(1.0〜1.1kΩ)ので事実上同じロードラインで動作させることができます。μ値はかなり差があるためバイアス値はかなりばらつきますが、バイアスの違いがあったとしても定電流回路がすべて吸収してくれるので特に回路の変更がいらない、というところが全段差動のおいしい点です。バイアスが最も浅いのが6G-B8、次いでEL34、バイアスが最も深いのが6550Aです。なお、KT88も差し替え可能で6550Aとほとんど同じになります。残念ながら6L6GCはこのままでは差し替えは無理で、定電流特性を変えなければなりません。6L6GCを使いたい場合は、定電流値を100mAまで減らしてください。
出力段の動作条件は、電源電圧=411V、出力管プレート電圧(P-K間)=374V、プレート電流=63mA×2、バイアス=約28.5V、負荷インピーダンス=8kΩ(1管あたり4kΩ)です。本当はもうすこしプレート電流を増やした方が電力効率は高くなるのですが、この条件でプレート損失は23.6Wになっており、EL34の最大定格の25Wに迫っているため、あえてこの値で抑えています。
出力段定電流回路は2SD2531とツェナダイオードを使ったディスクリート・タイプ※です。定電流回路の消費電力が大きいので、トランジスタの発熱量を抑えるために共通カソード側に47Ω3Wの抵抗を入れてあります。
※ディスクリートではなく3端子レギュレータのLM317Tを使う場合は、前述の2段構成の回路を使ってください。
※回路図中の出力段定電流回路のトランジスタ「2SC2531」は誤りで正しくは「2SD2531」です。2008.1.6
<初段・ドライバ段の回路電流と電源の設計>
初段に20Vの低圧電源を供給し、ドライバには250V前後の電源を供給するための電源回路は少々デリケートな設計になっています。それは、@初段の20V電源の電圧は安定化したい、A回路は可能な限りシンプルにしたい、B全消費電力を最小限に抑えたい、という3つのことを同時に実現したいからです。
初段差動回路の消費電流は1.6〜1.8mAです。ドライバ段の電源255Vから強引に抵抗1本でドロップさせると抵抗値は131kΩ〜147kΩになりますが、これでは初段電源電圧は全く安定してくれません。そこで20Vタイプの定電圧ダイオードを使ったシャント型定電圧電源とします。まず、ドロップ抵抗を66kΩ(33kΩを2本直列)とします。255V−20V=235Vのところに66kΩを入れるのでそこに流れる電流は3.56mAになります。一方で初段差動回路の消費電流は1.6〜1.8mAですから、3.56mAから1.6〜1.8mAを引いた1.76〜1.96mAが20Vの定電圧ダイオード側に流れることになります。この1.76〜1.96mAが20Vに安定化するためのバッファになります。もし、ドライバ段の電源電圧がなんらかの事情で200Vまで低下すると66kΩに流れる電流は2.7mAまで減りますが、初段差動回路には相変わらず1.6〜1.8mAが流れますので、20Vの定電圧ダイオード側に流れるバッファとしての電流が1.1〜1.3mAまで減ることで帳尻を合わせるように働きます。
出力段の電源電圧は411ですから255Vまで156Vドロップさせるための抵抗値を求めてみます。ドライバ段の消費電流は6mAですのでドロップ抵抗に流れる電流は6mAにさきの3.56mAを加えた9.56mAになりますので、156V÷9.56mA=16.3kΩがドロップ抵抗の値です。これには8.2kΩを2個ち直列にした16.4kΩを使います。これで初段およびドライバ段に設計どおりの電圧・電流が供給できるようになりました。
ここでの計算は、左右別に電源回路を構成した場合に限ります。ステレオ構成にして、1つのドロップ回路で左右チャネルの電源を共用する場合は条件が異なってきますのでくれぐれも注意してください。
<電源部>
モノラル構成としたために電源規模はさほど大袈裟ではありません。基本的にはすでにご紹介済みの3段構成の全段差動PPアンプの電源と同じです。シリコン整流ダイオードは2Aタイプで足りますが、電圧が高い(320V)ので耐圧の余裕を持たせるために1500V耐圧の3TH41Aを入れました※。320V巻き線が+5%の巻き足しをしてあって、AC100Vが105Vに上昇したとすると整流ダイオードに1000Vがかかってしまうため、1000V耐圧のダイオードでは足りないからです。リプル・フィルタは1Hの小型チョーク1個でまかなっています。これで必要にして充分に低い残留リプル値を得ています。整流直後の電圧は414V、チョークの後で411Vとなりました。当初の設計では400V程度と見込んでいたのですが、電源トランスをPMC-150Mから容量が大きいPMC-170Mに変更したのがいけなかった?ようです。
B2電源とB3電源のためのドロップ抵抗(66kΩと16.4kΩ)は各部に流れる電流と、得たい電圧降下と、各抵抗器の消費電力の3つを考えてバランスさせていますので安易に変更できません。回路の条件が変わったらこれらも変更しなければなりません。
※1500V耐圧のシリコン整流ダイオードは秋葉原でもなかなか売っていないので当サイトでも頒布しています。他の半導体類も手持ちの中から選別したものを頒布しています。詳細はこちらで。
<トラブル対策>
これまで、3段構成の全段差動PPアンプで何件か「電源スイッチを切ってしばらくするとジッジッジッというノイズが出る」という報告がありました。これは、電源回路のリプルフルタのコンデンサ容量のバランスが原因で、マイナス電源ルートを経由したモーターボーティングです。これの問題は、マイナス電源用の5個のダイオードと並列に470μF以上のコンデンサを抱かせることで解決できます。本機では、手持ちのコンデンサの中から1000μF/10Vのものを取り付けています。
2008.1.6
<アンプ部>出力トランスはすでに実績があるTANGOのFE-25-8を標準としますが、試みにノグチトランスのファインメット・シリーズも使ってみることにします。回路図では2種類の出力トランスを搭載してスイッチで切替られるようにします。
Model 1次インピーダンス 2次インピーダンス 最大出力 DC許容電流 アンバランス電流 寸法 価格 FE-25-8 8kΩ 4-8-16Ω 25W(50Hz) 130mA(2本分) 7mA 83×78×80 10,164円(2007.8現在) FM-12P-8K 8kΩ 4-8-16Ω 12W(50Hz) 130mA(2本分) - 85×57×54 29,400円(2007.8現在) 初段JFET:2SK30A(Yランク選別ペア)※・・・無調整で初段とドライバ段を直結したかったので、精密に選別したJFETのペアを使用します。精密に選別しなくても、Idssがある程度揃ったものを使い共通ソース側に100Ω程度の半固定ボリュームを入れて差動のDCバランスを調節してもかまいません。
ドライバ段:5687・・・ドライバ段は、内部抵抗10kΩ以下、μ=20くらいの電圧増幅管であればさまざまな球が使えます。中でも5687は内部抵抗が極端に低いので高域特性に有利になることと、たまたま大量に手持ちがあって遊んでいたので使うことにしました。
出力段:EL34、6G-B8、6550A・・・出力段で使って間違いがないのはEL34でしょうか。音の素質、安定度、入手の容易さどれをとってもNo.1だと思います。
初段定電流回路:2SK30A(Yランク)※・・・Idss値が1.6〜1.9mAのものが適します。石塚電子の定電流ダイオードE202(2mAタイプ)から選別してもかまいません。
ドライバ段定電流回路:2SK30A(Y,GRランク×2本並列)※・・・6.3mA程度の定電流特性が欲しいので、Idss値が大きめのYランクおよびGRランクから2〜4mAくらいのを選んで2本並列にして目的の値を得るようにします。部品頒布ご希望の場合は、合計値を指定していただければ揃った組み合わせを探します。
出力段定電流回路:LM317Tまたは2SD2531、CRD(2mA)、ZD(6V)※・・・おなじみ3端子レギュレータのLM317Tが使えますが、今回はパワー・トランジスタを使ったディスクリートで組みました。使用する半導体に特別なものは要求しません。耐圧50V以上、hFEが100以上の2SCあるいは2SDタイプのパワー・トランジスタであればほとんどのものが使えます。定電流ダイオードCRDは、トランジスタのベース電流が確保できればいいいので、1.8〜2.5mAくらいであればことさらに精度は要求しません。定電圧ダイオードZDは若干精度が要求されます。定電流回路の常としてZD電圧とエミッタ抵抗値の組み合わせでいかようにもなるので、手持ちのものがあれば活用してください。
<電源部>
電源トランスは、320V巻き線を持った手頃なトランスとしてノグチトランスのPMC-150MかPMC-170Mあたりが適合します。TANGOやTAMRAにも320V巻き線を持ったトランスはくつかありますが、いずれも容量が大きすぎて本機にはちょっともったいないです。
Model 1次巻き線 B巻き線 H巻き線 H巻き線 H巻き線 H巻き線 寸法 価格 PMC-150M 100V 0-(70V)-290V-320V-350V×2
DC150mA0-2.5V-6.3V
AC3A0-2.5V-6.3V
AC3A0-5V-6.3V
AC3A- 103×86×75 7,560円(2007.8現在) PMC-170M 100V 0-(70V)-290V-320V-350V×2
DC170mA0-2.5V-6.3V
AC3A0-2.5V-6.3V
AC3A0-5V-6.3V
AC3A0-5V
AC3A103×86×85 8,295円(2007.8現在) チョークは、ノグチトランスが本機の要求にぴったりなものを作っており、しかも破格の安さです。
Model インダクタンス 許容電流 DCR 寸法 価格 PMC-115H 1H 150mA 27Ω 61×33×37 945円(2007.8現在) PMC-0930H 0.9H 300mA 25Ω 71×55×43 1,575円(2007.8現在) シリコン整流ダイオード:3TH41A※・・・320Vを両波整流すると単純計算でダイオードに905Vの逆電圧がかかります。トランスの巻き足し、電源電圧変動および安全係数を考慮すると1000V耐圧では足りなくなるので1500V耐圧のものを使います。
シリコン整流ダイオード:10E1 or 10DDA10※・・・擬似マイナス電源を得るためのダイオードです。耐圧は問いませんが、モノラルの場合で常時0.13A程度流れるので最低でも1Aタイプを使います。ステレオ構成にする場合は1.5〜2Aタイプを推奨します。ショットキバリアダイオードは適しません。
定電圧ダイオード:20V※・・・初段20V電源は定電圧ダイオードを使った簡易シャント型電源です。19.5〜21V程度の一般的な定電圧ダイオードであればOKです。TL431などの小型シャント・レギュレータも使えます。
※マーク・・・部品頒布リストにありますので、入手困難な場合はご利用ください。但し、セットは作っていませんのでご面倒でも個々の部品から選択してください。
<シャーシ加工・製作>
モニターアンプとして使用するので、モノ・ブロック構成とし、ラックマウントもできるように4Uサイズでまとめることにしました。4Uサイズのアルミパネルと40mm×150mm×350mmの弁当箱シャーシを使い、これにホームセンターで売っている棚用の三角アングルを組み合わせて筐体をでっちあげます。パネル面のアルミ・アングルのネジ位置に合わせて三角アングル側に穴を開けなければなりませんが、この三角アングルは結構手ごわくて、穴あけだけで1日を費やしてしまいました。下側にもゴム足取り付け用の穴を開けてあります。パネルと弁当箱シャーシは、3mm径・50mm長のサラネジを6本貫通させて取り付けます。パネル面にネジの出っ張りをつくりたくないので丁寧にサラ穴を開けて、面一になるようにします。市販されているネジで入手容易な長さは50mmどまりですので、簡単にこの方法が使えるためには弁当箱シャーシの高さは40mm以下でなくてはなりません。
弁当箱シャーシはいささか貧弱なところがありますが3mm厚のパネルに貼り合せることで格段に強度が増します。しかし、中央部を押すと若干しなるのでL材を切った補強材を当てています。この補強材があるだけで、トランスの重量によるシャーシのしなりをほぼなくすることができます。弁当箱シャーシは両肩部分と側板とをカシメて固定してあるだけで強度的に不安が残るので、板が重なった部分に左右合計で4か所ほど穴を開け、短いビスを通してはがれないように補強します。
部品配置で注意しなければならない点としては、@重量配分、Aノイズの影響への配慮、B熱の配分と冷却、C部品と部品の競合です。出力トランスは電源トランスの漏洩磁束に弱いので互いに離さなければなりません。そうすることで自然に重量も分散されます。熱の配分は特に重要で、発熱部品の上は空けるようにします。本機では、側面にめぐらすように平ラグを取り付けていますが、平ラグに取り付けたコンデンサ類がキャノンコネクタ(レセプタクル)やヒューズホルダーに当たりそうになってひやひやものでした。電源スイッチをパネル面に出張させていますが、通電試験はパネル取り付け前に行わなければならないため若干の工夫がいります。
本機では、CR類のほとんどは平ラグでユニット化して配線しました。下図左は初段からドライバ段までのユニットで、ドライバ段の共通カソードの定電流回路用2SK30以外のすべてが一体化されています。初段のB電源回路(20V)もここに組み込んでいます。特に、初段入力まわりと負帰還回路が集中して一ヶ所にまとめてあり、アースを共通化できたので負帰還をかけたアンプの配線のあり方としては理想的といっていいでしょう。このアース(E)こそがこのアンプのアースの中心となります。下図右は出力段の定電流回路です。パワートランジスタはシャーシに密着して放熱させているのでここにはありません。エミッタ側の47Ω3W抵抗と並列に入れた抵抗(390Ω1W)の値を増減して定電流特性を微調整します。
パネルをはずして中をあけたところです(下の画像)。手前が下になります。中はすかすかですね。上の平ラグパターンがそのままの配置で中に見えています。入力のキャノン端子とスピーカー端子が接近しているので、負帰還まわりの配線がコンパクトにできました。左端にある2つのスイッチは出力トランスを切り替えるためのものです。特に1次側は高圧を扱うのでロータリースイッチは使えません。できるだけ端子間隔が離れたスイッチが必要で、ここで使ったものでも実は電圧定格はオーバーしています。配線にも注意がいります。画面右下、電源スイッチはパネル側に取り付けてあるため、AC100VとLED点灯の線がのびています。
今度は逆さに見たところです(下の画像)。位置関係を間違えたため、中央に見えるヒューズホルダーやバイアス調整ボリュームが、電源ユニットに電解コンデンサに近づき過ぎてしまいました。
下の2つの画像が完成した外観です。重量のあるトランス類が横向けに取り付けられていますがシャーシを補強したおかげでがっちりと固定されており、たわむようなことはありません。
本ページの末尾にまとめて解説していますので、必ずお読みください。
<主要諸元>
目標である15Wをクリアできました。諸特性も満足すべきものになりました。
- 回路方式: 全段差動プッシュプル・アンプ
- 入力: 平衡(不平衡接続可)
- 入力インピーダンス: 60kΩ(平衡)、30kΩ(不平衡)
- 利得: 26.7dB(21.5倍)
- 周波数特性: 10Hz〜100kHz(+0dB、-3dB)・・・FE-25-8、10Hz〜90kHz(+0dB、-3dB)・・・ FM-12P-8K
- 残留雑音: 未測定(入力オープンの状態でスピーカーに耳を押し付けても無音といってよく、何も聞こえません)
- 適合スピーカー: 4〜8Ω
- 最大出力: 17W(8Ω、1kHz、THD=5%)
<周波数特性>
本機は、初段からドライバ段まで200kHz以上の帯域を確保しているため、アンプ全体の帯域を制限しているのは出力トランスです。本機に実装した2種類の出力トランスはいずれも優秀で、減衰ポイント付近に嫌なピークはなく素直に落ちてくれています。
<歪み率特性>
測定データは、TANGO FE-25-8を使用した時のものですが、ご覧の通りで典型的な全段差動プッシュプル・アンプのカーブを描いています。1kHzにおけるカーブの傾向はもっぱら回路と出力管で決定されますので、出力トランスをFM-12P-8Kに変えてもほとんど重なりました。
これは、既発表済みの2段構成の全段差動PPアンプ全回路をハイパワー化した場合の推奨回路です。回路の基本構成は変わっていませんが、高圧化、大電流化するためにはあちこちで工夫をしています。単純に大規模化すればいいわけではありません。なお、この回路図および各部の電圧は設計値であり、実機で確認した値ではありません。<アンプ部>
回路の基本構成は全段差動PPベーシック・アンプと同じですが、(1)ハイパワー化のためと、(2)より確実で安定した設計のための2つの視点でいくつか変更点があります。(1)ハイパワー化のための変更としては、出力段定電流回路のLM317の発熱を抑えるために直列に82Ω5Wの抵抗を追加したことでしょう。カソード電位は30V前後になると思いますので、82Ωの抵抗なしですと消費電力は3.6W前後になりますが、82Ω側が1.2W程を肩代わりさせるのでLM317側は2.4W前後になります。これくらいだとシャーシに密着させる程度で余裕で放熱できます。(2)より確実で安定した設計のためのの変更としては、初段グリッドにボリュームへの結線がはずれた時の対策として470kΩを追加したこと、出力段各グリッドに発振防止抵抗3.3kΩを追加したことです。また、出力段各スクリーングリッドの発振防止抵抗を100Ωから150Ωに増やしてあります。
<電源部>
全段差動PPベーシック・アンプをハイパワー化するためには、B電源電圧が高くなり、かつ全消費電流が2倍近くに増えますので、このような電源回路になります。基本回路は変わっていませんが、電流や発熱のために部品の選定がより難しくなり、回路定数もかなり変更されています。電源トランスの規模がほぼ2倍になり、シリコン整流ダイオードも1500V耐圧2.5Aタイプの大型のものになっています。マイナス電源のメカニズムも同じものを踏襲しましたが、扱う電流が大きくなったのでシリコン・ダイオードもサイズの大きい1.5A〜2Aタイプのものに変更しています。
これまでの回路では82〜100Ωの抵抗器と100μFのコンデンサによるCR型リプル・フィルタを2段重ねていました。しかし、ハイパワー化した時のステレオ構成の全消費電流は250mAにもなってしまうため、82Ωを使った2段リプル・フィルタにすると電圧降下は40Vを超えてしまいます。電圧降下を減らそうとして抵抗値を68Ω以下にすると残留リプルを取り切れなくなってしまいますし、それでも抵抗2本合計の消費電力も9Wほどになるので実用性がありません。そこでチョークの登場です。一般に真空管アンプで使用するチョークはかなり大型でしかも高価ですが、実はプッシュプル・アンプではそんなに大きなインダクタンスは必要ありません。この回路で使用するチョーク(ノグチ PMC-0930H)はたった0.9H、許容電流値が300mAのものですが、DC抵抗は25Ωですので電圧降下はわずか6.3Vしかありません。大きさはシャーシ内に難なく入ってしまうくらい小さく価格も1,575円(2007.8)ときわめて廉価です。これを1段で使うだけで、CR型リプル・フィルタ2段分に匹敵する効果が得られます。ちなみに、ここに半導体式のリプル・フィルタ回路を入れるとなると、6.3V程度の電圧降下ではまかなえないために放熱の問題が生じ、加えてトランジスタの耐圧の問題も出てきます。ヒーター回路に不規則に直列に抵抗が入れてあるのは、ノグチ製電源トランスPMC-283Mの6.3V巻き線の電圧にばらつきがあったのでこれを補正するためです。
本機の出力段のバイアス調整は2連ボリュームを使用しており、その仕組みや調整方法は「情熱の真空管アンプ」の本とは異なります。下図は本ページに掲載されている2種類の回路から、出力段バイアス調整部分を抜き出したものです。どちらも10kΩ3連ボリューム(B型)を使っており回路の仕組みは全く同じですが、回路図上の表記方法が違っています。2段構成ではよりわかりやすくするつもりで配線図に近い描き方をしていますが、実際の配線はどちらも同じですのでご注意ください。
平衡型3段構成→ ←2段構成
さて、本題です。
10kΩのボリュームは、一端がアースで反対側が-3.7〜-3.8Vに接続されています。そして、ボリュームの摺動子(矢印がついた端子)がグリッド抵抗(100〜330kΩ)を経て各管のバイアスを与えるしかけになっています。従って、バイアス調整範囲は0V〜-3.7Vくらいになります。これくらいのバイアス調整ができるとEL34の3結の場合、プレート電流を30mAくらい変化させることができます。結構大きな変化です。このしかけを使って球の特性のばらつきによるプレート電流の差をなくそうというわけです。
ボリュームを回した時に、一方のEL34のプレート電流が「増えたり、減ったり」するようにし、もう一方のEL34のプレート電流は「減ったり、増えたり」という反対の動きをさせる必要があります。2連ボリュームへのつなぎ方はユニットそれぞれが逆になります。ユニットごとに3個端子が出ていますが、そのうち端の1個はアース、中央はグリッド抵抗、反対側の端の1個は-3.7Vにつなぎますが、2個のユニットではアースにつなぐ側が反対になりわけです。実際に配線では「たすきがけ」のようになればOKです。
電源を入れて調整をする場合は、ボリュームの位置は必ずセンターです。片側に回し切った状態で電源を入れると、一方のEL34にプレート電流が偏り、最大定格オーバーになります。この状態で長時間動作させると球を痛めます。
ボリュームをセンターにした状態で電源を入れると、2管のグリッドにはともに約-1.8Vくらいの電圧がかかります。ボリュームの抵抗値にはむらがあるので実際には-1.5V〜-2Vくらいの範囲でしょう。この状態でそれぞれの出力管のカソードの間に電圧を測定します。出力管のカソードには4.7Ωの抵抗が入れてありますので、設計どおり60mAが流れていれば、4.7Ωに生じる電圧は、60mA×4.7Ω=282mV(0.282V)になります。2管ともに正確に60mAであればカソード間の電圧差は0Vになります。
しかし、実際には球のばらつきがあり、ボリュームのポジションも正確に1/2ではないためプレート電流に差が生じます。但し、定電流回路があるために合計は必ず120mAになります。もし、一方のEL34のプレート電流が55mAでもう一方のEL34のプレート電流が65mAになっていたとします。4.7Ωに生じる電圧はそれぞれ258.5mAと305.5mVですので、その差は47mV(0.047V)になります。プレート電流1mAのアンバランスは4.7mVとして検出されるわけです。
プレート電流のアンバランスの許容値は出力トランスごとに異なりますが、少ないにこしたことはない(低域特性が劣化し、最大出力も低下する)ので、最低でも5mA以内、できれば3mA以内にしたいところです。電圧の差にして14.1mV(0.0141V)です。プレート電流は時間とともにゆるやかに変動していますので、1mA以下に追い込んでもあまり意味がありません。神経質になりすぎないことです。