3.どんなアンプにするか


5Wも出れば充分

本ホームページの作品集にある「6B4Gシングル・アンプ」は、「無線と実験」主催第7回自作アンプコンテストに出場しましたが、このコンテストの出場資格の項に「5W以上の出力」という条件がありました。出場アンプのなかで、5Wぎりぎりのアンプは私の6B4Gsくらいのもので、ほとんどのアンプは10W以上のパワーを持っていました。「こりゃあ、パワーでボロがでるなあ。」とはらはらしながらの試聴となったわけですが、MJの記事のコメントにもあるようにパワー不足は全く感じさせませんでした。なるほど、5Wというのは結構すごいパワーなんだとはじめて実感したというわけです。

やはり本ホームページの作品集にある「6AH4GT全段差動プッシュプル・アンプ」は、プッシュプルのくせにたったの3Wしか出ませんが、これもパワーに不足を感じたことはありません。というわけで、今回の実験も5W以上出ればOKということにしました。

シャーシ・サイズ

私の趣味として、あまり大きなサイズのシャーシは好きではありません。比較的小振りのシャーシにコンパクトにまとめたいので、シャーシ・サイズは15cm×30cmくらいでいこうと思います。6AH4GTppアンプがこのサイズに収まっていますから、本アンプも無理ではなだろうという甘い考えで設計をはじめてしまいました。

ダンピングファクタ

多極管アンプでは、ダンピングファクタは単純に負帰還量で決まってしまいます。そのへんの事情はデータライブラリ「5. D.F.算出便利帳」にも書きました。多極管アンプで20dB以上の負帰還を安定してかけるのは結構難しいです。ダンピングファクタは、4以上10くらいまで、というのが順当なところでしょう。ダンピングファクタ値がどのくらいが適当かは、実際にアンプを組んで音を聞いてみないことにはなんとも言えません。必要となる負帰還量は12dB〜20dBということになりますので、この負帰還を賄えるだけのゲインの余裕がいります。

利得

そこでアンプの利得です。我が家の場合、プリアンプには利得がありませんので、ライン入力からスピーカまでの利得を稼ぐのはメインアンプだけです。これまでの実績から、メインアンプの利得は10〜30倍が適当であるという結果が出ています。そこに最少12dB(つまり4倍)の負帰還用マージンを加えると最低でも40倍の裸利得がいるという計算になります。

出力段

本アンプの最大のテーマは、出力段の構成です。名称に「全段差動」とあるように、出力段も差動プッシュプルにします。差動プッシュプル回路は、一般的なプッシュプル回路とはずいぶん異なる動作をします。これを理解するには、まず、ごく普通のプッシュプル回路の持つ問題点を理解する必要があります。

下図左が、普通のプッシュプル回路です。OPTを使ったプッシュプル回路は、一見シングル回路が2つ並んだように見えます。もし、片側管(V2)がなかったりヒーターが断線していたら、この回路はまさにシングル回路そのものになります。こういう状態では、信号ループは「 P1-T1-CT-C-EB-E1-K1」で一周します。従って電源回路のCがないとループが完成しません。

この回路では、プッシュプル動作時は、信号ループは「 P1-T1-T2-P2-K2-E2-E1-K1」というルートで一周します。さっきとはルートが違いますね。どこが違うかというと、プッシュプル回路では信号はCを通りません。でも、ほんとうでしょうか。

プッシュプルではA級とかAB級とかB級といった動作があります。AB級動作では、片側管がカットオフする瞬間が一定時間あります。カットオフとは、その球に全く電流が流れない状態をいいます。B級に至っては、全体の1/2の時間がカットオフです。カットオフしている間は「 P1-T1-T2-P2-K2-E2-E1-K1」というループが成り立たなくなります。片側管では電流が流れて仕事をしているのに、反対側管は気絶しているようなものです。そういう状態の時の信号ループは「 P1-T1-CT-C-EB-E1-K1」あるいは「 P2-T2-CT-C-EB-E2-K2」に切り替わります。一瞬のできごとですが、信号ループはこの2種類のルート間で切替わり、この切替わりはめまぐるしく起こります。

シングル回路では、たった1つの信号ループ「 P1-T1-CT-C-EB-E1-K1」だけですが、プッシュプル回路ではこのように複雑な信号ループが発生し、ことに電源のCにはカットオフの瞬間だけ信号電流の一部が流れます。実際には、真空管では明瞭なカットオフは起こりませんが、逆にA級プッシュプルといえども準カットオフ状態は発生しますので、やはり電源のCには複雑な信号電流の部分が流れます。

そこで、ちょっとイジワルをしてみます。上図右のように、両管のカソードとアースの間に定電流回路を挿入してしまいます。定電流回路は、直流は流しますが交流を遮断してしまいます。ここが遮断されると「 P1-T1-CT-C-EB-E1-K1」というループが成り立たなくなります。つまり、信号は「 P1-T1-T2-P2-K2-E2-E1-K1」というプッシュプル回路本来のループしか通ることが許されなくなります。ということは、いかなる瞬間もカットオフすることが許されなくなりますので、差動回路ではAB級やB級動作は不可能です。A級プッシュプルのみということになります。

この回路のメリットは、なんといっても電源やアースには信号電流が一切流れないということです。電源やアースから隔離されたところに、独立した信号ループが形成されるからです。そして、この信号ループにはコンデンサも存在しません。「 V1-OPT-V2-V1に戻る」という理想的なループを実現することができます。もうひとつのメリットは、球のプッシュプル・バランスは少々いい加減でもよいという点です。さらには、ドライバ段からの入力信号のプッシュプル・バランスに誤差があっても、自動的に補正されてしまいます。出力段自体にも位相反転能力があるからです。

欠点もあります。まず、動作がA級プッシュプルだけですので出力はシングル時の2倍を超えることはありえないので、AB級プッシュプル動作のような大出力は全く期待できません。また、カソード側に定電流回路が必要なことです。しかし、トランジスタとダイオードを使えば、優れた定電流特性を持った回路を簡単に作れる時代になりました。

この出力段の差動プッシュプル化は、すでに「6AH4GT全段差動プッシュプル・アンプ」で実証済みです。また、本アンプにさきがけてこのような実験をなさった方もいらっしゃいますし、本アンプをご紹介した後で、同様の回路を組まれた方も多くいらっしゃいます。ただ、これまで製作されたアンプは例外なく3極管による差動プッシュプルでした。5極管による差動プッシュプルは今回がはじめてかもしれません。

ドライバ段

本アンプはプッシュプル・アンプですから、ドライバ段には増幅機能と位相反転機能の2つが要求されます。6AH4GTppでは、初段とドライバ段の2段構成でしたが、今回は1段構成で増幅と位相反転の両方をやってしまおうと考えています。

1段で位相反転と増幅を行なうもっともすぐれた方法は、差動増幅回路の起用です。有名なムラード型位相反転回路もなんのことはないただの差動回路ですが、カソード側が抵抗であるために位相反転バランスが正確ではありません。しかし、カソード側の抵抗と定電流回路に置き換えてやると、ほとんど理想的な位相反転バランスが簡単に得られるようになります。

たとえば、12AX7を差動で使うと、きわめて正確な位相反転特性が得られ、利得も30〜35倍程度が得られます。一般的な12AX7の利得は60〜70倍ですが、上図の「in-GND間」に入力された信号は、2つのグリッド(G1-G2)間に半分ずつ振り分けられますので、片側球だけのみかけ上の利得は半分になりますが、2球分でみると(2つのプレート間)ちゃんと60〜70倍になります。

この回路の動作も出力段と同じで、増幅段の信号ループは「P1-V-W-X-P2-K2-Y-K1」で一周します。従って「W-B+間」には信号電流は流れないため、アースや電源には信号電流は流れません。ドライバ段と出力段とをつなぐ信号ループも「V-C1-Rg1-Z-Rg2-C2-X」というループになるのでやはり信号電流がアースや電源を経由するようなことにはなりません。

さて、6F6のA級動作時のバイアスはおおよそ-15V前後と思われますので、入力信号はその2分の1ですから11Vくらいになります。これを利得30〜35倍で割り算すると約0.35Vくらいとなり、負帰還をかけなければ約0.35Vの入力で最大出力が得られることがわかります。一方、6F6をA級プッシュプルで動作させた時の最大出力は6Wくらいですから、8Ω負荷時の出力電圧は6.9V(=(6W×8Ω))くらいになりますので、アンプ・トータルでの利得は20倍くらいになります。これでは最終利得を最低でも10倍を確保しようとすると、負帰還マージンは2倍(=6dB)しか取れなくなり、5極管アンプの場合6dBの負帰還ではダンピングファクタは1〜1.2がせいぜいですから、負帰還マージンが全然足りないことになります。

単段で100倍以上の利得が得られるものとしては、6AU6や6267/EF86等の電圧増幅5極管があります。これを差動にして使ってもいいのですが、5極管増幅回路の宿命としての出力インピーダンスの高さがあります。5極管増幅回路では、利得を稼ごうとすればするほど出力インピーダンスは利得に比例して高くなってゆきます。出力インピーダンスを下げる最もてっとり早い方法は、カソード・フォロワ回路の追加ですが、これでは段数が増えてしまい面白くありません。

このような問題を解決するために、以前、SRPP回路の実験をしたことがあります。SRPP回路応用編「ハイゲイン・ローインピーダンス回路」(SRPPレポートその2)です。同種の3極管を上下に2本重ねたおなじみのSRPP回路では、利得は3極管そのままに、出力インピーダンスを低くできることはみなさんもよくご存知だと思います。これを、5極管と3極管を上下に重ねてみたら、利得は5極管並になって、出力インピーダンスはSRPPらしく低くならないだろうか、と考えたわけです。もしかしたら、利得は3極管、出力インピーダンスは5極管なんていう失敗作になってしまうかもしれませんが。

ところが、思惑は大当たりで、5極管(またはFET)の上に3極管を乗せた応用SRPP回路では、容易に高い利得と低い出力インピーダンスが得られ、最大出力特性もすぐれていました。この回路は、私が宣伝していることもあって、ニフティサーブのFJAZZフォーラムでもっぱら「ぺるけドライブ(私のハンドルネームをぺるけといいます)」と呼ばれています(下図)。
5極+3極SRPP基本回路

本機では、このぺるけドライブ(=応用SRPP回路)を使用し、差動1段の位相反転兼ドライバとしようと考えています。応用SRPP回路であれば、単段で150倍以上の利得を10KΩ以下の低出力インピーダンスで実現してくれるからで、3段構成にせずとも2段のままで十分な利得が得られ、シンプルなプッシュプル・パワーアンプが構成できます。

全体の構成

これまでのところをブロックダイヤグラムにまとめると、下図のようになります。

そして、これを回路図らしく書き換えると以下のようになります。これはムラード型プッシュプル・アンプの初段を削除して、出力段のカソード側を定電流化しただけ、とも考えることができます。ただし、下図には出力段のカソードNFも書き加えてあります。

実にシンプルな2段アンプですが、すぐれたアンプを作るための条件の多くを満たしているという点で、この構成は気に入っています。

2段構成である

十分な負帰還をかけるためには、位相ループが180度以上回転しないということが重要ですが、3段構成では位相回転が簡単に270度まで回転してしまい、このままの状態で負帰還をかけるとたちまち発振したり、ピークができやすくなります。2段構成では、基本的に低域では発振しませんし、高域での安定度も格段に良くなります。

位相反転の精度が高い

差動回路の特徴のひとつに、高い精度で位相反転が行えるということがあります。特に、共通カソード側を抵抗ではなく定電流化することで、この効果を最大にできます。また、ドライバ段で反転誤差が生じていても、出力段自身が反転誤差を自動的に修正してしまうので、基本的に反転精度を微調整(交流バランスともいう)をしなくても良く、経年変化による球の特性のバラツキの影響も受け難くなっています。そもそも、ペアチューブでなくてもプッシュプル動作が得られるというありがたい回路です。(極論すると、異なる特性の球でプッシュプルを組んでも立派に動作します!!)

ノイズに強い

複数段にわたる差動回路は、言葉をかえれば平衡増幅回路です。業務用機器の多くが平衡増幅回路を採用するのは、高いCMRR(Common Mode Rejection Ratio=コモン・モード抑圧比)が得られるためです。外部雑音だけでなく、電源からのノイズ(ハムだけでなく高周波ノイズも)も拾いにくくなっています。

高域の帯域が広い

SRPP回路の良い点は、出力インピーダンスが低いことです。また、出力段に5極管を採用しましたが、5極管をネイティブに使うと入力容量が非常に小さくできます。前段の低い出力インピーダンスと低い入力容量の組み合わせが、広い高域の帯域特性を実現してくれます。

アースラインに信号が流れない

真空管・半導体を問わず、ほとんどのアンプが、信号をアースや電源経路に流します。通常のシングル回路もプッシュプル回路も、アースと電源のパスコンが重要な信号経路となっています。全段を差動増幅回路とすることで、信号は定電流回路で遮断されるため、基本的に信号は一切アースや電源に流れることはありません。本アンプの最大の特徴であり、一般に知られている他の増幅回路と決定的に異なる点はここにあります。


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