左から、松下 12AX7、NEC 7025A、RCA 7025、SOVTEK 12AX7WA、Siemens ECC83、Mullard M8137、NEC 12AX7A

真空管MCヘッドアンプ付プリ・アンプの改修
Amendment Report for Tube MC Frontended Pre Amplifier


製作してそろそろ15年が経とうという我が家のメインシステムを支えているプリアンプのリニューアルをすべく、2003年9月15日(今日は阪神タイガースが優勝を決めた日だ)、久しぶりにシステムからはずして蓋を開けてみました。

内部はまっくろに煤けて年月の長さを物語っていますが、見たところ、部品の劣化を示す兆候はなく、各部の電圧も製作時とほとんど変っていません。これといった不具合もなく、いじらずにそのまま蓋を閉めてしまおうかと思ったくらいです。

今回の改修にはいくつか意図がありました。一つは、PHONOイコライザー見直しであり、もう一つはラインアンプ部の入替えです。ラインアンプ部は、12AX7を使ったどこにでもあるようなカソード・フォロワ回路だけの簡単なものですが、利得がない(0dB)のがこのところ不満でした。また、以前からカソード・フォロワ回路特有の素っ気無いというかのっぺりとした音をなんとかしたいとも思っていました。最近製作した差動ライン・プリアンプのしっかりとした音を聞いて、その思いがより強くなってきていたというのが発端です。


■PHONOイコライザーの改修

いろいろ考えた挙句、PHONOイコライザーには基本的に手を加えないことにしました。何故かというと、すでにきれいに仕上げられている配線今更いじってもきたなくなるばかりで、何も良くならないような気がしてきたからです。これはこれで充分練られた回路であり、音に不満があるわけでもなく、今更手を加えるような部分も見当たりません。但し、この回路はノイズ的に不利な真空管でMCカートリッジの微小信号を受けているので、低域のゴーというノイズがRIAAイコライジングによって強調されて聞こえることはある程度覚悟しなければなりません。

出力部のプレートに近い側の0.47μFのコンデンサにDCリークが認められたので手持ちの1μFに変更するにとどめました。なお、後述するラインアンプ部の改修により、全消費電流が若干増加したためにその影響でPHONOイコライザー部の電源電圧も若干低下しましたが、許容範囲内なので手を加えることはしませんでした。

参考までに、電源部の整流出力電圧は359Vから348Vに、トランジスタ・リプル・フィルタの出力電圧は345Vから336Vに、各部への供給電圧は318Vから301Vに、MCヘッドアンプ部への供給電圧は295Vから280Vに変化しています。


■ラインアンプの改修

ラインアンプ部は、カソード・フォロワ回路を撤去して別の回路に入替えることにします。ラインアンプの要件は以下のとおりです。

こうなってくると、双3極管の片ユニットを使った単段P-G帰還アンプしか選択肢がありません。条件を満たすヒーター定格の球というと、12AX7、12AT7、12AU7、12AY7、12DT8、5963くらいです。手持ちがあるのは、12AX7、12AT7、12AU7ですので、この中から選ぶことになります。以下に述べるさまざまな理由により12AU7を採用します。回路は以下のとおりです。

プレート負荷抵抗は47kΩ、カソード抵抗は1.1kΩで、電源電圧が267V、プレート電流は3.4mA、バイアスは-3.7Vくらいです。12AU7にとって最も歪みが少ない、しかも無駄なく利得が稼げる動作条件です。カソード抵抗に抱かせるコンデンサは手持ちの1000μF/10Vを使いました。プレート出力側のコンデンサは2.2μF/250Vのフィルム・コンデンサです。メイン・アンプの入力インピーダンスが50kΩ〜100kΩであることを考えると、1μFではちょっと足りないように思います。出力側に直列に330Ωの抵抗がありますが、これはカソード・フォロワ回路の時の名残で、単に無精してはずさなかっただけです。


<入力インピーダンス>

改修前のカソード・フォロワの時の入力インピーダンスは910kΩでした。この場合、音量調整ボリュームを"max"にした時のライン部の入力インピーダンスは約47kΩです。P-G帰還回路は、通常の真空管回路と違って入力インピーダンスが低いという欠点があります。入力インピーダンス値は、

P-G帰還回路の入力インピーダンス=グリッド側抵抗+{負帰還抵抗÷(裸利得+1)}
で求まります。従って、グリッド側に直列に挿入される抵抗値の大きさが勝負になります。本設計では68kΩとします。負帰還抵抗は180kΩですが、12AU7の裸利得が約14倍なので、回路全体の入力インピーダンスは、
P-G帰還回路の入力インピーダンス=68kΩ+{180kΩ÷(14+1)}=80kΩ
になります。P-G帰還回路の動作と計算方法については、私のアンプ設計マニュアル / 基礎・応用編「34.負帰還その3(その種類と実装のポイント)」を参照してください。さて、この場合、音量調整ボリュームを"max"にした時のライン部の入力インピーダンスは約31kΩになり、-6dB絞った時の入力インピーダンスは約44kΩになります。


<利得>

グリッド側に直列に挿入する抵抗は68kΩ、負帰還抵抗は180kΩとしました。これで仕上がりの利得は計算どおり左右チャネルできれいに揃って6dB(=2.04倍)になりました。P-G帰還は、グリッド回路に高抵抗が割り込むのが気分的にいやなんでしょうか、少々不人気なところがありますが、作ってみれば実に使いでのある優れた回路であることがわかります。反転増幅器ではあたりまえな回路なのでOPアンプを良く使う方でしたら抵抗感などないと思います。本回路は、なんと元のカソード・フォロワよりも低雑音に仕上がりました。


<周波数特性>

改修前のラインアンプ部は単なるカソード・フォロワであったために1MHzあたりまでほとんどフラットでしたが、本回路ではそういうわけにはゆきません。しかし、グリッドが高インピーダンス回路になっている割には、10Hz〜100kHzの範囲でほぼフラット(-0.5dB)ですから、期待以上の申し分ない特性でした。-3dBの減衰ポイントは270kHzです。

むしろ、出力側のコンデンサ容量を増やしたことと、コンデンサを含む回路に負帰還がかかっているために、改修前の回路では10Hzでわずかに減衰が見られたのに対して、本回路では10Hzまできれいにフラットな特性が得られています。


<左右チャネル間クロストーク>

本機では、1本の球を左右チャネルに振り分けて使っているため、左右チャネル間クロストークについてはかなり不利な構成です。ラインアンプ部がカソード・フォロワであった時は、両プレートともに交流的にアースされるため、事実上グリッドおよびカソードがしっかりシールドされるので問題はありませんでしたが、改修後は、12AU7の内部抵抗が低いとはいえかなり不利な条件になってしまいました。

左右チャネル間クロストークは、1kHzあたりから徐々に悪化しはじめ、10kHzで-70dB、20kHzでは-65.5dB、そして40kHzでは-60dBになります。この傾向は音量調整ボリュームの位置にはほとんど関係がなく一定です。2つのプレート間にシールド板がある6FQ7/6CG7(シールド板がついていないバージョンもある)や6AQ8、6DJ8などを使えば、単管でステレオ構成として使ってももっと良い数字が出ると思います。


<出力インピーダンスと負荷性能>

出力インピーダンスは、無帰還時では12AU7の内部抵抗値とプレート負荷抵抗で決まってしまうので約8.5kΩですが、約14dBのP-G帰還をかけた結果、2.0kΩまで低下しました。出力インピーダンスがどんなに低くても負荷性能が充分であるかは別問題ですが、本回路では、かりに負荷が25kΩになっても歪み率特性が悪化することなく余裕で動作します。また、25kΩ負荷の時でも充分な超低域特性が得られるように、出力コンデンサには2.2μFの容量のものを使いました。

12AX7のような、内部抵抗が高くて動作時のプレート電流が少ない球の場合でも、多量のP-G帰還をかけることによって出力インピーダンスだけは容易に1kΩ程度まで下げることが可能ですが、このような内部抵抗が高い球を使ったプレート電流が少ない動作は重い負荷には向きません。ロードラインが立ってしまって、無理な動作条件になってしまいます。


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