■アナログレコードの基礎3

<カートリッジの出力信号電圧はどれくらいか>


本稿では、PHONOイコライザの設計に必要な信号レベルについて解説します。カートリッジからはどれくらいのレベルの信号が出てくるのか、PHONOイコライザの許容入力はどう設計したらいいかについての実用的なデータも公開します。

■カートリッジの出力電圧・・・解説編

カートリッジの出力電圧は、1kHzにおいて3.54cm/sec・45°方向・尖頭値の速度振幅を持つ信号に該当するレコード溝を再生した時に得られる信号電圧を基準にしています。代表的なカートリッジの出力電圧は以下のとおりです。

MakerModel公称出力電圧実際の最大出力電圧
SHUREM44-79.5mV67mV〜86mV
SHUREM44G6.2mV43mV〜56mV
SHUREM75Series5mV35mV〜45mV
SHUREM95Series3.5mV25mV〜32mV
SHUREV15TypeIII3.5mV25mV〜32mV
ortofonF15/FF15 Series5mV(実測4.5〜5mV)35mV〜45mV
ortofonSPUA/G Series0.2mV28mV〜36mV(1:20の昇圧をした場合)
DENONDL-1030.3mV(実測0.38mV)27mV〜34mV(1:10の昇圧をした場合)

問題は、実際のLPレコードを再生した時にどくれくらいの出力電圧なのか、最も大きな音量の時はどれくらいの出力電圧なのかですが、それは実際に測定してみないとわからないのです。

デジタルソースの場合は、デジタルフォーマットの最大振幅(0dBFSという)は数学的・物理的にはっきりと決まっていて、それを超えることは絶対にありません。また、デジタルソースに記録する時は、デジタルフォーマットを無駄なく使い切るように音量を最適化(ノーマライズという)してあるので最大出力電圧は明確です。CDプレーヤの多くは出力される最大の信号電圧は2Vくらいです。


■カートリッジの出力電圧・・・実測編

カートリッジの出力電圧の実測では、公称出力電圧=5mVのortofon F15MK2を使用しました。信号ソースは、日本コロムビア(DENON)の技術陣が作成した「AUDIO TECHNICAl RECORDS」です。このレコードには、1kHzで3.54cm/sec・45°方向・尖頭値の基準レベル信号のほか、レコードプレーヤの測定に必要なさまざまな試験信号が記録されています。

測定結果は左右よく揃って4.5mVrmsでした。公称値は5mVですからまあそんなものでしょう。

DENONテストレコード→ ←最大音量テストレコード

今度は、実際の音楽レコードを再生した時の最も大きな音量の時の出力電圧の測定です。過去の文献(出典不明)によると、いろいろなLPレコードで調査したところ基準レベルよりも+17dB(7.1倍)が最大であったというデータがありますので、その真偽をこの目で確かめたいと思います。

1枚のLPレコードのはじめから終わりまでを通じて、どこかに存在する最大振幅を見つけてその瞬間的な値を把握するのはアナログ時代には非常に困難なことでした。常時変化する楽音の瞬間的なピーク値を測定するには一般的なVUメーターや電子電圧計では不可能です。しかし、今ではデジタル録音をして波形を観測すればどこでどれほどの振幅があるのかは容易に把握できるようになりました。

ところで、カートリッジの出力の測定では、出力された信号をそのまま測定する方法と、RIAAイコライザを通して測定する方法の2種類があります。どちらで評価するのが適切なのかは、対象とするアンプの形式で変わります。MCカートリッジ用のヘッドアンプや、とりあえずフラットのまま増幅するCR型イコライザの場合は前者、NF型イコライザの場合は後者になります。ここではNF型イコライザを想定して後者、すなわちRIAAイコライザを通して測定してからカートリッジの出力に換算しています。

手持ちのLPレコードを片っ端からチェックしてみたところ、大音量が刻まれている2枚のLPレコードが見つかりました。1枚はJOE SAMPLEの"RAINBOW SEEKER"で、もう1枚はあの有名な"LEFT ALONE"を45回転でカッティングした特別盤です。この2枚に刻まれていた最大音量の時の出力電圧は28mVrmsでしたので、+16dB(6.2倍)ということになります。過去の文献とはわずか1dB違いの結果となりました。

なお、オーディオマニアの間で話題になったことがあるテラーク盤のP.I.チャイコフスキーの序曲「1812年」での測定は意味がありません。あれはテラーク社のカッティング規定に違反した規格外のものだからです。後日、制作に関わったテラークの担当者は「あんなものは作るべきではなかった」と同業者にこぼしています(日本のレコード会社の方からの伝聞)。ついでながら、この作曲はP.I.チャイコフスキーとしても引き受けたくない仕事であったため数度にわたって断ったのですが結局作曲する羽目になり、作曲者ご本人は「騒々しい曲」と評しています。Wikipediaにも類似の解説があります。

実際のカートリッジは、公称出力電圧よりも1〜2dBほど高く出るものもありますから、現実的にはカートリッジの公称出力電圧の8〜9倍あたりを上限として、さらに余裕をみるならば10倍としたらいいでしょう。


■PHONOイコライザ・アンプの許容入力

PHONOイコライザアンプは、カートリッジから出力される信号がどんなに大きくてもそのまま受け止めて歪むことなく増幅しなければなりません。前述の表のモデルでいうと、カートリッジから出力される信号電圧の最大値は一般的には30mV〜50mVくらいの範囲になります。SHURE M44シリーズは例外的に高出力なので注意がいります。

PHONOイコライザの許容入力は、最大出力電圧と利得で決まります。

PHONOイコライザの許容入力=PHONOイコライザの最大出力電圧÷PHONOイコライザの利得
たとえば、PHONOイコライザ・アンプ 12AX7 Version1では、最大出力電圧は7V(歪み率=1%)で利得は89.5倍なので、許容入力は78mVです。PHONOイコライザー・アンプ 12AX7 Version2では、最大出力電圧は20V(歪み率=0.4%)で利得は115倍なので、許容入力は174mVです。そして、トランジスタ式PHONOイコライザ DC24Vバージョンでは、最大出力電圧は5.7V(歪み率=0.2%)で利得は100倍なので、許容入力は57mVです。許容入力が最も低いトランジスタ式PHONOイコライザ DC24Vバージョンの場合、公称出力電圧が6mV以下であればどんなカートリッジでも大丈夫ですが、高出力のSHURE M44シリーズは要注意ということになります。

市販のPHONOイコライザで廉価&ポピュラーなものに、audio-technicaのAT-PEQ3があります。定格入力=2.5mVで定格出力=150mVとありますから利得は60倍です。許容入力は60mVなので逆算するとAT-PEQ3の最大出力電圧は3.6Vであることがわかります。利得を下げれば許容入力をいくらでも上げることは可能ですが、60倍という数字はすでに利得が不足気味で使いにくいだろうと思います。


■PHONOイコライザ・アンプの適切な利得(感度)とは

D/AコンバータやCDプレーヤなどデジタルソース機材の出力信号電圧は、デジタルフォーマットの最大振幅(0dBFS)において2V前後、低めのもので1V〜1.5Vあたりが一般的です。そういうことを考えて、当サイトで公開しているD/Aコンバータの出力電圧も2V前後に揃えてあるわけです。そして楽音の平均的な信号レベルはその1/10〜1/4にあたる0.2V〜0.5Vです。この関係は、カートリッジの最大出力電圧と公称電圧の関係と概ね同じです。

公称出力が4mVくらいのカートリッジを使った場合、利得が100倍くらいのPHONOイコライザを使うと音量感をデジタルソース機材と揃えることができます。本サイトで製作するPHONOイコライザの利得がどれも100倍前後なのはこういったことを考慮してのことです。



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