21世紀になってから作る
トランジスタ式PHONOイコライザ DC24Vバージョン



ただの小箱です。
真空管式のPHONOイコライザー・アンプ 12AX7 Versionが成功して落ち着いたので、今度はトランジスタ式の実用版です。半導体式のPHONOイコライザはOPアンプを使えばほとんど何も考えなくてもそこそこのものが出来てしまいますが、それでは自作として面白くないですね。自作のアンプ作りは、考えて考えて、実験や試作を繰り返して、さまざまな学習を経て完成に至るところに意味があります。本機は、十分な実用スペックを確保しつつ、容易に入手可能なDC24VのACアダプタを使って、廉価かつ簡単に製作できること目標としています。

■回路の解説

<全回路図>
いろいろなことを考えつつ改良を加えてきて、2018.8.3現在の本機の全回路は以下のとおりです。トランジスタは、2SA872A-E/2SC1175A-Eと2SA970-BL/2SC2240-BLの2パターンがあります。

<基本的な考え方>・・・AC100Vバージョンと同じ
DC帰還をかけたPNP-NPN直結の差動2段増幅回路で、電源電圧以外の基本部分はDC24Vバージョンから変更なしです。たった4個のトランジスタによる簡単な回路ですが、何かをケチッたわけでなく、個々のトランジスタには比較的無理のない動作条件を与えることができています。

半導体アンプは、1990年くらいから構成する半導体素子数が増加傾向にあり、今や1つの片チャネルのアンプで半導体を10個〜20個ほども盛るのが当たり前のようになってきました。何故半導体の数が増えたのか、そこにはいろいろな理由が絡み合っていると思います。増幅部分の負荷を軽くしたいということでフォロワ回路やSEPP回路を追加する、帯域特性を広げるためにカスコード回路にする、利得を極大化するために定電流負荷を構成する、それを維持するためにカレントミラーが追加される、対称回路に魅力を感じると半導体数は一気に2倍に膨れる・・・等々。

しかし、その回路の増幅動作の核心部分を見るといずれも2段反転増幅器であることに変わりはなく、増幅機能の重要部分を担っている半導体素子はせいぜい4個です。そんな基本的で簡素な構成ではまともな物理特性は得られない、というのであれば周辺を固めなければならないでしょう。しかし、個々の増幅素子の動作条件を丁寧に追い込んでゆけば、そんなに半導体を盛らなくてもかなりの問題は解決できます。本機はそのような考え方をベースにして、増幅機能の核心を支える4個のトランジスタだけで構成しています。

<アンプ部>
当初は、差動でないPNP×1本+NPN×1本という構成で検討を進めていましたが、トータルでみると初段は差動にした方が利得が大きくなることがわかったため差動としました。2段目は差動でも差動でなくても利得は変わらないのですが、大振幅時の直線性は差動の方が圧倒的に有利なので2段目も差動としました。というわけで、DC帰還をかけたPNP-NPN直結の差動2段増幅回路です。

差動回路の共通エミッタ側は、初段・2段目ともに定電流回路ではなく抵抗器1本で済ませています。初段のコレクタ電流は176μA、2段目のコレクタ電流は2.49mAです。この回路定数での利得は、初段が13.6倍、2段目が326倍ですので全体では4400倍になります。このアンプ全体利得を支配しているのは2段目トランジスタのhFE値で正の相関があります。2段目のトランジスタのhFEが回路動作の雌雄を決するので手持ちの2SC1775AのhFE値のばらつきを考慮しつつ、hFE=520の設計中心でチューニングしました。部品頒布では、hFE=530±10%以内の2SC1775Aをお送りしています。

使用トランジスタは、当初は2SA872A-E/2SC1775A-Eでしたが、一箇所の抵抗値を変更すれば2SA970-BL/2SC2240-BLも可能です。

DC24VのACアダプタをそのまま使うことを想定しているため、電源電圧は±11.2Vしかありません。限られた電源電圧を有効に使うために、各部で生じる電圧ロスはできるだけ小さくなるように工夫しましたが、プラス・マイナス合わせて合計22.4Vに対して最大出力電圧は5.7V(8.06Vpeak)ですので、電源電圧利用効率は72%にとどまります。

2段目のコレクタ負荷抵抗は両方に取り付けています。出力を取り出す側が4.7kΩで、取り出さない側が4.3kΩとアンバランスになっているのには理由があります。2段目のコレクタ電流の設計値は、左側が2.43mAであるのに対して右側は2.49mAでわずかですがも右側の方を多くしてあります。こうしておくと温度変化や電源電圧の変化などで差動バランスが崩れた時でも左側のコレクタから取り出せる最大振幅が低下するのを回避できるからです。しかし、右側のコレクタ負荷抵抗を4.7kΩにしてしまうと、左側がフルスィングしようとした時に右側の2SC1775Aが飽和して足を引っ張ります。これを回避するために右側のコレクタ負荷抵抗を減らして4.3kΩとしてあるわけです。

2段目C-B間の位相補正なしの状態では動作が不安定になり高周波ノイズが増えます。位相補正として10pFを入れるときれいな3MHzの正弦波で微細発振が起きます。15pFでようやく安定しますが、安全をみて22pF〜33pFを入れることにしました。

<RIAA素子と利得の設計>
RIAA素子は「56kΩ//1380pF+1MΩ//4700pF」としました。回路上のCRから求めたRIAA特性を決定する時定数は以下の通りです。この負帰還素子と680Ωの組み合わせで、1kHzにおける利得はほぼ100倍になります。

75μS: 1380pF×56kΩ=77.3μS
318μS: (1380pF+4700pF)×(56kΩ//1MΩ)=322.4μS
3180μS: 4700pF×1MΩ=4700μS
RIAA素子以外にも可聴帯域における周波数特性にインパクトを与える要素が2つあります。1つめは、入力側にある0.47μFと270kΩで構成される1.25Hz(-6dB/oct)のHPF、2つめは、出力側にある0.47μFと後続の負荷(50kΩとして)とで構成される7.4Hz(-6dB/oct)のHPFです。これらのHPFは、レコード盤面の反り(0.5Hz〜1Hz)やトーンアームの共振による超低域振動(数Hz)をある程度までカットするためにつけています。

本機では、RIAA負帰還素子と2つのHPFの組み合わせで30Hz〜20kHz±0.2dBの正確さを得ています。後続の機器の負荷インピーダンスが無限大の場合は、出力側の0.47μFによるHPFが効かなくなるので20Hzにおいて最大1dB程度持ち上がります。

<電源部>
DC24Vの通常品のACアダプタを使います。電源電圧のロスを少なくしたいので、ごくシンプルなCR2段のリプルフィルタで済ませています。ACアダプタは比較的ローノイズであることと、定電圧機能がついているためそれで十分だからです。電源の入り口の27Ωは、リプルフィルタだけでなく、電源ON時の突入電流によってACアダプタの保護回路が誤動作するのを防ぐ目的もあります。プラス・マイナスの生成は抵抗分割による擬似±電源です。


■部品について

その1:2SA872A-E、2SC1775A-E・・・日立が開発したオーディオ用のトランジスタで音が良いことで広く知られましたが、残念なことにすでに製造中止となりました。コレクタ〜エミッタ間飽和電圧(VCEsat)が高いので低電圧使用には適しませんが、そこを押して採用しました。十分な利得とイコライザの精度を確保するために、2SC1775AはhFEが480以上あって左右揃ったものが望ましいです。2SA872AについてはhFE値に厳密な要求はなく300以上あれば十分です。

その2:2SA970-BL、2SC2240-BL・・・東芝が開発したオーディオ用のトランジスタで製造中止後も最近まで流通していましたが、いよいよ手に入りにくくなりました。2SA872Aや2SC1775Aと比べるとコレクタ電流が多くてもコレクタ〜エミッタ間が飽和しにくくなっています。十分な利得とイコライザの精度を確保するために、2SC2240はhFEが480以上あって左右揃ったものが望ましいです。2SA970についてはhFE値に厳密な要求ははなく300以上あれば十分です。

RIAA素子・・・J級の汎用品のフィルムコンデンサを組み合わせています。

コンデンサ・・・アルミ電解コンデンサは通常品を使いました。入出力の結合コンデンサにはDC50〜100V耐圧のメタライズド・フィルム・コンデンサを使いました。位相補正用の22pFは印加する電圧によって容量が変動しないRPタイプの積層セラミックコンデンサ、電源側の10μFは通常の積層セラミックコンデンサです。

抵抗器・・・1/4W金属皮膜抵抗器を推奨します。

ユニバーサル基板・・・当サイトではおなじみのタカス製IC-301-72です。

ケース・・・底板付のグレー塗装のアルミBOX、LEADのP2(W150×H50×D100)を使いました。

ACアダプタ・・・秋月など秋葉原で普通に売られている普及品を使っています。これで十分な低雑音性能が得られます。

◆部品頒布のご案内はこちらです。→ http://www.op316.com/tubes/buhin/buhin.htm


■製作手順

<基板パターン>
本製作は以下の基板パターンとなりました。

基板の実装で注意していただきたいのは、2段目トランジスタ(2SC)のC-B間の22pFのコンデンサと2.2Ωのエミッタ抵抗の取り付けです。スペース的に上下に重なっているので、先に22pFを取り付けて、後からリード線を長めにした2.2Ωが22pFをまたぐように取り付けてください。なお、2.2Ωのリード線は少々長くなっても特性や回路の安定度には影響はありません。

←22pFをまたいでいる2.2Ω。

<実装>
特に難しいものはありません。適当な金属ケースにRCAジャック、アース端子、DCジャックなどを取り付け、基板を収めたら各部を線材でつなげば完成です。電源スイッチとLEDの配線は互いに捻ってノイズの放射を抑制してあります。入出力の信号ラインはシールド線を使っていませんが、これで所定の約90μVの雑音性能を得ています(シールド線を使ってもノイズの大きさは変化しません)。ここにシールド線を使うと入力容量が発生してしまうので、MMカートリッジを使った時に高域側にピークが生じるだけでなく、高域側のレンジが狭くなります。

←貼り付けボスをさぼって対角線に2個しかつけていない・・・。

<シャーシアースと配線>
アースについては若干の注意がいります。RCAジャックのアースは、入力側と出力側を分離しています。入力側はケースと接触させ、出力側は絶縁してケースとは接触しないようにしてあります。入力側と出力側の信号ラインはアース線に接近させてあります。特に入力側でこれを怠ると外部からの誘導ハムを拾いやすくなります。アース端子は入力側のRCAジャックのところでまとめています。底板の取り付けビスはケース付属のものではなく、円錐形の丸皿ビスで締め付けて「底板〜丸皿ビス〜ケース本体」が確実に導通するように配慮しています。

←入力側のRCAジャックの内側は絶縁リングを当てていない。


■測定

特性の測定結果は以下のとおりです。

利得: 104倍(47kΩ負荷、1kHz)
最大出力電圧: 4.7V(THD=0.1%)、5.7V(THD=0.3%)at 100Hz〜10kHz、47kΩ負荷
許容入力: 57mV(THD=0.5% at 100Hz〜10kHz)
RIAA偏差: ±0.2dB(20Hz〜20kHz、47kΩ負荷)
残留雑音: 80μV〜100μV(帯域80kHz)
消費電流: 11mA at DC24V
最大出力電圧があまり高くないのは、電源電圧が±11Vに制限されているためです。容易に入手可能なACアダプタの電圧の上限がDC24Vであるため、常にこの制約がつきまといます。許容入力は60mVとあまり高くないので、SHURE M44-7のような高出力(9.5mV)のカートリッジには対応していません。許容入力に関してはこちらの記事「アナログレコードの基礎3」を是非お読みください。雑音性能はなかなか優秀で、RIAAイコライジング特性も正確で言うことなしです。

左右チャネル間クロストークは、ほとんど残留雑音を測定しているようなもので、信号の漏れらしきものは5kHz以上の帯域でかすかに現れます。


(測定条件:反対側チャネルにおいて周波数にかかわらず出力=3.16V一定となるようにして測定しています)


■コメント

真空管式は完成直後の音出しで荒いながらもいきなり「おおっ」となるものですが、半導体式は何故か完成直後の通電ではがちゃがちゃ感があって低域の深みが感じられないいささかなさけない音がします。本機も同様でした。それは、まだ新しい負帰還の受け側のアルミ電解コンデンサ(1000μF)の漏れ電流が荒れ気味であるからで、これが慣れてきて漏れ電流が落ち着くにはそれほど時間を要しません。音を出す必要はないので、電源を入れっぱなしにしておけばどんどん良くなります。

音の傾向は、バイポーラトランジスタらしい明快なところでしょうか。72H時間電源入れっぱなしがよかったのか、今日になって音を出してみたら深々とした低域が出てくれてほっとしています。

許容入力があまり高くないことを除けば、少ない素子数で簡単に作った割には高性能なものになったのは予想外のうれしい誤算でした。基板1枚に電源部からアンプ部まで全部収まっているので、レコードプレーヤへの組み込み用としてもいいのではないかと思います。



アナログLPレコードを楽しむ に戻る