<簡単なのにハイエンド、そしてプロ機>

FET式差動ヘッドホンアンプ Version 2
Simple FET Differential Headphone Amplifier


最新バージョン(Version3)はこちら

OPアンプで遊ぶのもいいけど、そろそろディスクリートの音聞いてみない?というわけで、本サイトでご紹介しているFETを使ったシンプルかつ音の良い差動ライン・プリアンプをベースに、これをヘッドホンアンプに発展させてみたのが本機の基本回路です。差動プリアンプの回路の基本構成は変えることなく、数十Ωの低インピーダンス負荷を無理なく駆動するための出力バッファを追加しただけです。

本ヘッドホンアンプは、知ってるひとは知っている大手音響サービス会社で1年間のテストとエンジニア達の評価を経てモニター用として正式採用されました。みなさんが行かれたコンサートホールやアリーナのエンジニア達のヘッドホンはこのアンプで鳴らしています。また全国数か所のFM局でもモニターアンプとして採用されています。それから・・・

レコーディングの現場の声を聞くと、LoからHiまでバランスよくモニター用としてベストなんだということと、音響エンジニアにとって長時間にわたるヘッドホン作業は大変な重労働なので、疲労感のない音が必須なんだそうです。本回路は「聞き疲れしない」という声が結構多いのと、TASCAMやFOSTEXあたりのプロ機材のヘッドホンモニターは何故か疲れる音でヘッドホンしてても3分ともたないですから言ってることはわかる気がします。

Let me introduce you simple and high performance headphone amplifier, which is based on former Differential Line Pre Amplifier using FET.


■はじめに

真空管アンプの回路を見て「出力トランスなんていうものを使っていたらいい音がするわけがない」という人がいます。1960年代、トランジスタが真空管を駆逐し、トランスをなくして出力コンデンサに置き換えたらいろいろといいことがありましたがそれがすべてを解決したわけではありませんでした。やがて出力コンデンサをなくす回路が現れました。スピーカー駆動系からコンデンサをなくせたように見えましたが、気づかれにくいところに移動させただけで、スピーカーを駆動する経路のコンデンサは(今日でも)なくなりはしませんでした。

私が「これは面白いですよ」と言っておすすめしている「全段差動PPアンプ」は、実はスピーカー駆動系からほんとうにコンデンサを排除してOTLアンプでできなかったことをやりました。そのかわりトランスが1個だけ存在しますが。どっちもどっち、という感じでしょうか。信号の経路に無関心で部品しか目に入らない人は、何も進歩していないとしか思わないでしょう。

はじめて本機の回路を見た人の何%かがこんな風な反応をします。「なんだ、出力にコンデンサ(C)があるじゃないか」、「こんな程度の負帰還量でまともな音が出るのか」と。出力Cをなくすことが目的化してしまうと、別のなにかを失うかもしれません。こんな出力Cがないと動作しないような回路でいいのだろうか、ということは私も思います。増幅段もう1つ追加すれば出力Cをなくする回路は容易にできます。じつは、本機の基本回路が当初は2段増幅構成でした。つまり2段増幅回路にダイヤモンドバッファがついた構成です。それを1段にできないかと考えて最終的にこうなったわけです。

本機の命は単段差動として負帰還を構成するところにあり、この構成を選択する限りDCで通した帰還ループはできません・・・すなわち、どこかがC結合となることは避け得ないということです。世の中、なにごともあちらを立てればこちらが立たず。すべてを解決する単一の理念は存在しません。トレードオフなしに多くのものを得ることはできません。

このアンプの回路構成は増幅回路の教科書にはまず出てきませんし、かなり変則的な趣があります。しかし、前半の差動回路も後半のバッファ回路も、ごく普通の回路であり、単にこういう組み合わせが珍しいだけであることに気づかれると思います。ちなみに、差動回路は0.2V出力時の歪率は0.03%ほどであり、カレントミラーや定電流負荷もない、ブートストラップもない無帰還回路にしてはすこぶる優秀です。誰でも作れるように可能な限り部品点数を減らしているため物理特性はやや不利になってはいますが、仕上がり特性も、出てくる音も、それなりに満足いただけるものにしたつもりです。むしろ方形波応答などはオペアンプではありえないくらい素直であり、容量負荷に対する抜群の安定度を誇ります。


■業務利用の方へ

レコーディング・スタジオ、放送局、コンテンツ制作など業務目的でヘッドホンアンプを調査・検討していてここにたどり着いた場合はここにメールください→teddy@op316.com。評価機が空いていればそれをお送りします。これをモニター用に使っているスタジオや放送局はいくつかありますが、気に入るも入らないも実際に音を聞いてみた方がいいと思います。

■DC12V改訂版全回路

以下にDC12V版差動ヘッドホン・アンプの全回路をご紹介します。本回路は2006年に発表した差動ヘッドホンアンプの原回路を2009年に改訂したものです。これから製作しようという方は本ページの回路および製作記事をお使いください。

<改訂の概要>

回路は旧版と比べると電源部の回路構成が変更してあるのと、各部のCR(コンデンサ、抵抗の略)値も微妙に変更しています。電源部では、DC12V入力の直後の1000μF/16Vのマイナス側が、旧版ではアースされていたのに対して改訂版ではV-側に変更しました。こうすることで電源OFF後の過渡電圧の動きがより正常になりました。LED点灯回路も変更されています。旧版は単純に2.2kΩでドロップさせていましたが、改訂版ではLEDと並列に1.8kΩを追加しました。こうすることで、電源OFF後にV+側の2個の2200μFに溜まった電荷を完全に放出させることができるようになりました。この電荷がわずかでも残っていると、時間とともにV-電源側にプラスの電圧が生じてしまい、電源を再度ONにした時にタイミングが悪いとポップノイズが出てしまうのでした。

その他の変更としては、ボリュームと初段ゲートの間に470kΩを追加しました。この抵抗の存在はほとんど忘れてもいいようなものですが、これがあることでボリュームをつながなくてもアンプとして正常に動作するようになりました。この抵抗は100V版には実装されていますが、12V版では取り付ける場所がなくてずっと我慢していたものです。製作途中や改修時の動作試験がやりやすくなったのと、ボリュームが劣化して接触不良を起こしてもノイズが出にくくなり、信頼性が向上しました。もうひとつの変更は負帰還定数です。旧版では180Ωと200Ω半固定抵抗でしたが、改定版では150Ωと100Ω半固定抵抗になりました。ごくごくわずかな変更ではありますが無負荷時のMHz帯における安定度が増しています。

全体としていえる変化は、ポップノイズが出にくくなったことと、トラブルが起きにくくなったことです。音は変わりません。もし、音が激変したと思ったら、念のために医者に診てもらった方がいいでしょう。


■初段差動回路

初段は差動ラインプリと同じ2SK170による単段差動回路です。2SK170のgm※は右図のとおりです。gm値はドレイン電流の大きさで変化し、正の相関があります。Id=2mAの時におおよそ20mシーメンスですから、2.2kΩの負荷を与えた時の利得は、20×2.2kΩ=44倍で求まります。但し、本回路は差動出力の一方だけから出力を取り出すので実質的な利得はその半分の22倍になりますし、静特性曲線が水平にならない理由からくるロスが生じるので実際の利得は20倍を割り17〜17.5倍くらいに落ち着きます。

2SK170のデータシートでは「gm=トランジス順方向伝達アドミタンス」と書かれています。

この関係から、同じ負荷だったらドレイン電流が大きい方が利得は大きくなり、同じドレイン電流だったら負荷が大きい方がわずかですが利得は大きくなることがわかります。いいかえると、利得は電源電圧の高さとほぼ比例するわけです。この関係さえつかんでおけば、電源電圧や負荷を自由に選ぶことができるようになります。

本機はDC帰還やサーボのたぐいはないため、回路の安定性はもっぱら2SK170の精度に依存するので2SK170の選別は必須です。回路図中の共通ソース電圧は0.2Vになっていますが、当サイトで頒布している高精度ペアを使った場合、0.15Vから0.32Vの間になります。この範囲になっていれば初段の動作はほぼ正常とみていいでしょう。ちなみに、頒布している2SK170の選別精度はバイアスにして±10mVです。

ゲート入力のところに入れてある4.7kΩの抵抗は安定確保のためであり、これがないと容易にンMHzで発振します。この発振止め抵抗はできる限り2SK170のゲートに近い位置に取り付けないと意味がありません。発振の原理はコルピッツ発振です。2SK170のゲートにつながる配線が長いと、ここで生じるリードインダクタンスがコルピッツ発振回路のLにあたるため発振します。ゲート直前に抵抗を入れることでL成分の働きを鈍らすことができます。

改訂版では入力ゲートとアース間に470kΩが追加されました。ボリュームが劣化してオープンになっても、ボリュームのつながずに試験しても回路が正常に動作するための安全策です。この抵抗値は、220kΩ〜1MΩの間であれば値は問いませんのであるものを使ってください。

下図(左)は初段2SK170のロードラインです。メーカー発表の特性データは正確でないので精密に実測したものを使っています。電源電圧=9.2Vとして2.2kΩのロードラインを引き、ドレイン電圧=4.8Vあたりに動作ポイントを設定しています。ロードラインに定規を当てて求めた利得は約35倍です。実験回路による実測では34倍でしたから、机上の計算もかなり正確です。下図(右)は初段2SK170差動回路単体の歪み率特性です。グラフ中の細い線は、差動回路にしない2SK170単体で組んだ回路の場合のものです。差動回路にするだけで低歪みになる様子がよくわかります。左上に向かう直線は残留ノイズを表しており、単体データの右上がりの直線はもっぱら偶数次高調波(歪み)成分、差動データの右上がりの弓なりは奇数次高調波(歪み)成分によるものです。


■定電流回路

本機では、初段差動回路の共通ソース側で定電流回路を使います。抵抗器に電圧をかけた場合、オームの法則に従ってかけた電圧の大きさに比例して電流が変化しますね。定電流回路は、何Vの電圧をかけても流れる電流は変化しないで常に一定であるという面白い性質があります。定電流特性が得られる回路にはさまざまなパターンがあります。その代表的な回路方式を6つほど挙げてみました。

(1)4mAの定電流ダイオード(CRD)1本。
(2)2mAの定電流ダイオード(CRD)を2本並列。
(3)定電流ダイオードのかわりにIDSS=4mAの2SK30A。
(4)トランジスタ2SC1815を2本組み合わせてDC帰還をかけた回路。
(5)シリコンダイオード1S2076Aの順電圧(約0.6V)を利用した回路。
(6)いわゆるカレントミラーを使った回路。

本機で採用したのは(4)の回路です。

CRDだと定電流特性を得るのに3.5V以上の動作電圧が必要ですが、トランジスタ2個使った方法だと1V程度もあれば動作し、CRDとは比較にならないくらい良好な定電流特性が得られます。本機では、DC12Vの電源からプラス電源とマイナス電源の両方をまかなっているので(後述)、電源電圧を1Vも無駄にはできないためこのような方式となりました。

(4)の定電流回路は、実は局部に強帰還をかけた「エミッタ接地増幅回路(Q4)+エミッタフォロワ回路(Q3)」の2段増幅回路です。10kΩの抵抗はQ3の負荷にあたり、出力はQ3のエミッタ・フォロワを介してQ4のベースにほぼ100%の負帰還がかかっているわけです。

約1mAのコレクタ電流を流した時のQ4のベース〜エミッタ間電圧は0.66Vくらい(2SC1815の場合)ですので、160Ωに流れる電流は、0.66V÷160Ω=4.15mA一定になります。ベース〜エミッタ間電圧はベース電流に依存し、ベース電流はhFEに依存しますのでここで使う2SC1815のhFEは左右で揃っていた方が気分がいいです。この4.15mAがそのまま定電流特性になりますので※、回路の安定性・信頼性を確保するにはQ4のベース電流は4.15mAに対して充分に小さな値である必要があります。Q4のコレクタ電流を仮に1mAだとして、Q4のhFE=150とするとベース電流は、1mA÷150=0.0067mAとなります。一方でQ3のコレクタ電流は4.15mAですからベース電流は、4.15mA÷150=0.028mAです。この値も1mAに対してある程度余裕をもって小さい値であることが基本です。本回路では、160Ωを増減することで定電流特性はかなりの範囲で自由に変更できます。

それぞれの2SK170および2.2kΩに流れるドレイン電流は半分の2.075mAです。2.2kΩに生じる電圧は、2.075mA×2.2kΩ=4.55Vということになります。

下の2つのグラフは、上記の(1)〜(6)の定電流回路の実測特性です。最も低い電圧から定電流特性が得られるのは(6)カレントミラー方式(黒)で回路定数を工夫するともっと下げることができます。この回路は「理解しながら作るヘッドホンアンプ(CQ出版)」で採用しています。次いで(5)ダイオード方式(赤)、それから(4)NFB方式(橙)です。この3方式はいずれも優れた定電流特性が得られていますが、水平に見えるようで実は微妙に角度が異なります。最も水平に近いのは(4)NFB方式(橙)です。

橙色が本機で採用した回路の特性です。1.5Vの動作電圧があれば十分に定電流特性が得られています。これだけみると、マイナス電源は-1Vもあれば足りそうに思えますがそうではありません。実際の動作では、入力信号と負帰還信号の差分の電圧が定電流回路側に現れますので、その振幅をカバーするだけの余裕が必要です。本機のマイナス電源電圧が-1.5V〜-1.6Vであるのはこれが理由です。


■出力段・・・ダイヤモンド・バッファ回路

2SK170単段のままでは、プリアンプの出力としては使えますが、数十Ωという低インピーダンスのヘッドホンを駆動することはできません。パワーアンプほどではなくても、最大で0.05Wくらいのパワーが得られる出力段が必要です。ここに2SA1015/2S1815のコンプリペアを使ったSEPP回路※を持ってくればとりあえずヘッドホンくらいは駆動することはできます。コンプリ1段というと一般的なOPアンプの内部回路の出力段がこれにあたります。しかし、コンプリ1段のバッファ回路ではヘッドホンを余裕を持って駆動できません。もう1段追加したダイヤモンド・バッファ回路という回路を使うことにします。ダイヤモンド・バッファ回路に関する詳細な説明はこちらにあります。

※SEPP回路=シングル・エンデッド・プッシュプルの略で、真空管アンプのように重くてかさばる出力トランスを使わないでスピーカーなどを駆動することができるありがたい回路です。

出力段は2SC3421と2SA1358によるごく普通のコンプリメンタリSEPP-OTL回路ですが、その前に2SA1015と2SC1815によるひっくりかえったエミッタフォロワがあります。この回路が一般にダイヤモンド・バッファなどと呼ばれているもので、昨今流行のOPアンプを使ったヘッドホン・アンプでも出力側に付加した作例が知られています。この回路は昔からおなじみのダーリントン接続による2段エミッタ・フォロワ比べてインピーダンス変換効率は悪いのですが、トランジスタのベース〜エミッタ間電圧の非直線性を打ち消してくれたり、バイアスが与えやすかったりとメリットも多いので採用しました。

下のグラフはダイヤモンド・バッファ回路単体の歪み率特性です。左側のデータは、負荷を68Ω一定にした状態で電源電圧を変化させた時のものです。電源電圧を高くすることで単純に最大出力電圧も高くなってゆく様子がわかります。右側のデータは、電源電圧を9V一定(本機をDC12Vで使用した場合と同じ)にした状態で負荷インピーダンスを変化させた時のものです。なお、0.1V以下の領域での歪み率特性がいまいちのようにみえますが、低雑音トランジスタも使わず無帰還の状態で0.01V(10mV)において0.025%ということは、残留雑音が2.5μVだということでしてこれがいかに低い値であるかはNJM5532あたりのOPアンプの雑音特性と比べてみたらわかります。

2SA1015および2SC1815のベース〜エミッタ電圧は0.66V〜0.68Vくらいになりました。82Ωのエミッタ側抵抗に生じる電圧を足すと、2SC3421と2SA1358の両ベース間にかかる電圧は1.72〜1.73Vとなり、その時の2SC3421のベース〜エミッタ間電圧は0.64V、2SA1358は0.66Vになりました。従って、出力段の2個のエミッタ抵抗(10Ω×2=20Ω)の両端電圧は0.42〜0.43Vくらいになるので、出力段のコレクタ電流は21〜21.5mAとなります。本機の出力段の動作は通常の音量時はA級動作ですが、爆音時にはAB級領域になります。出力段の2SA1358と2SC3421の消費電力は非常に小さいのでともに放熱板は不要です。

ところで、トランジスタの選定理由について説明します。ヘッドホン・アンプのダイヤモンド・バッファの出力段には2SA1015/2SC1815ランクがよく使われます。下図左は2SC1815のhFE特性データですがVCE=1Vの点線を見てください。2SC1815はコレクタ電流が30mAを超えたところで息切れして低下しています。ダイヤモンド・バッファでは、最大出力時のVCEは1V付近まで低下してきます。32Ωのヘッドホンを40mWで鳴らした時のコレクタ電流の最大値は50mA、16Ωのヘッドホンを40mWで鳴らした時のコレクタ電流の最大値は70mAになりますので、2SC1815を使ったのでは動作の余裕が確保できません。下図右は2SC3421のデータです。VCE=5Vの条件で300mAくらいまで伸びていますので、2SC1815にくらべて2倍以上コレクタ電流に余力があります。

2SC1815→←2SC3421

本機は、比較的高インピーダンスのSONY MDR-CD900ST あるいはSONY MDR-7506あたりのモニターヘッドホンを意図して設計してありますが、16〜32Ωくらいのインピーダンスのヘッドホンも十分に駆動できることが確認されています。


■電源回路

本機では、きわめて廉価(600円くらい)な秋月電子通商のDC12V/1Aタイプのスイッチング電源を使用しています。アンプはプラスマイナス2電源を必要としますので、12Vを1.5Vと10.5Vとに分けて擬似的にプラスマイナス電源を作り出しています。マイナス電源側に入れてある2個のダイオード(10E1または10DDA10、100V/1Aタイプ)がミソで、ここで生じている比較的安定した電圧降下を利用して-1.5Vのマイナス電源を得ています。ダイオードを使ったマイナス電源の内部抵抗はDC領域で約0.9Ωです。プラス電源側は、左右チャネル・クロストークの影響を回避するために33Ωと2200μFの簡易なデカップリングをつけています。

LED点灯回路は、LEDを適切な電流で動作させるだけでなく、電源OFF時にプラス電源側の2個の2200μFのコンデンサに溜まった電荷を完全に放出させるように工夫してあります。LEDの動作電圧は1.8〜2Vくらいですので、通常動作時、1.5kΩには7.4Vくらいがかかり、流れる電流は約5mAです。LEDに並列に1.8kΩがあるためこの1.8kΩには1mAほどの電流が流れますので、LEDに流れる電流は4mAとなります。4mAというのは、LEDを明るすぎず、でしゃばらず、ほどほどに光らせることができる値です。なお、青色LEDはものすごく明るく光るので本機の回路定数では使えないでしょう※。

※高輝度のLEDを使う場合は、本機の回路はそのままにして、追加でLEDと直列に1kΩ〜10kΩくらいの抵抗を入れてカット&トライで明るさを調整してください。

電源OFFすると回路電流およびLEDに流れる電流のために2個の2200μFのコンデンサに溜まった電荷がどんどん放出されて電圧は下がってゆきます。その時、もしLEDと並列に入れた1.8kΩがないと電圧は1V以下にはなりません。LEDは1V以下ではほとんど電流が流れないからです。そのまま放置すると、その残った1Vのせいでマイナス電源がプラスに転じてしまい、ポップノイズの原因になります。その最後の1Vを0Vまで下げきるための電流の通り道となるのが1.8kΩです。

本機は、電源供給電圧が11V〜13Vくらいの範囲であれば回路の変更なしで動作します。電源電圧が14V〜15Vくらいになる場合は、初段ドレイン抵抗(2.2kΩ)をすべて2.7kΩに変更してください。出力段トランジスタの放熱の関係で、16V以上の電源電圧は推奨しません。

秋月電子で扱っているDC12Vスイッチング電源は10種類以上あり、1A以下のタイプでも6種類くらいあります。Ayumiさんの検証(http://ayumi.cava.jp/audio/HPAmp/HPAmp.html)の結果、アダプタごとのノイズの量や質の違いが明らかになりました。私は、はからずも最もノイズが少ないアダプタを使っていたために最初から非常に低い残留雑音性能を得ましたが、アダプタの種類や方式によってはこれら3つよりも悪い結果が出る可能性があります。新規に購入される場合は、確実な「12V/1A 100〜120V 大型」を推奨します。


■部品と製作

<製作>

製作手順は以下のようにしたらいいでしょう。

  1. 平ラグのパターンおよび工程計画を作成する。
    1. このページ(http://www.op316.com/tubes/tips/k-lug.htm)をしっかり読む。
    2. 平ラグのパターンシート(http://www.op316.com/tubes/tips/data/20p-large.pdf)をダウンロードする。
    3. 本サイトの回路図と平ラグパターンを見ながら自分で描いてみて、頭に入れる。
    4. 平ラグの端子穴ごとに作業手順が違うので、どんな手順でハンダづけしてゆくか考える。
  2. 平ラグを使ってアンプ部+電源部ユニットを作成する。
    1. まず、穴と穴をジャンパー線でつないでおく。ジャンパー線は0.3〜0.5mmの銅単線か抵抗器のリード線の切り落としなどを使う。
    2. 部品を取り付けてハンダづけする。1つの穴に複数の線が集ま場合は、ハンダづけは1回で済むように手順を工夫する。
    3. 20P平ラグのセンターの穴を固定するスペーサは、配線する前取り付けておいた方が作業がやりやすい。
    4. トランジスタの向き(裏・表)を間違えないように・・・。
    5. 部品を取り付け際、アルミ電解コンデンサなどがケースに収まるかどうかをチェックしておく。
    6. 周囲とつなぐ線を長めに引き出しておく。
  3. 穴あけ加工する。
    1. 各部品および作成したユニットをケースの実物に当てて穴あけ位置を決定する。足を取り付ける穴も忘れずに。
    2. パネルは傷がつきやすいのでテープを貼るなどして養生すること。(パネル面に傷がついたら泣きます)
    3. ユニット取り付けにT-600(貼り付け式)を使う場合はラグ板の取り付け穴は不要。
  4. ボリューム関係の加工。
    1. ボリュームシャフトを適当な長さに切断する。
    2. ツマミ穴の内側にバリが出てシャフトがスムーズに入らない場合は、細い丸やすりで内側を削る。
    3. ボリュームの端子側も長めに切った配線材をつないでおく。
  5. 部品の取り付け。
    1. ボリューム、スイッチ、ヘッドホンジャック、入力RCAピンジャック、DCコネクタをパネルに取り付ける。
    2. ボリュームのシャフトがパネルと電気的に接触して導通していることを確認する。(導通がないとノイズが出ます)
    3. アンプユニットをシャーシに取り付ける。
  6. 配線を仕上げる。
    1. 取り付けた部品間の配線を仕上げる。
    2. アースがシャーシと導通していることを確認する。
全体のレイアウトおよびアースの引き方は以下の画像を参考にしてください。旧版とはかなり異なる配置になっており、ダイヤモンド・バッファに至っては位置関係が左右反対です。こうすることで同じサイズのラグに、初段ゲートの470kΩなどさらに3本の抵抗を追加することができ、実装密度は高くなっています・・・ここまでくるともう意地ですね。トランジスタの裏表には注意してください。2SA1358は印字面をこちら側にした表向きですが、2SC3421は裏向きなのでつるつるの面になります。アースにあたるラグ部分は編みがけにしてあります。


画像をクリックすると大きくなります。

重要・・・平ラグの製作についてはこちらに具体的なガイドがありますので必ず見てください。→ http://www.op316.com/tubes/tips/k-lug.htm

下図はアース配線の構造です。旧版と改訂版とでは、ヘッドホンジャックの位置とシャーシアースへのポイントが異なっています。共通していえるのは、シャーシアースへのポイントは1ヶ所だけでなければならないという点です。これを守らないとハムやノイズが出ます。左右の2つのラグで組んだユニットをつなぐ線の位置が違って見えますがこれはどちらでもかまいません。そこのところを割り切ってからよーく見ていただくと新旧どちらも大差ないことがおわかりいただけると思います。なお、シャーシへのアースポイントは本アンプの場合はどこでなければならぬ、というものはありません。入力端子のところでシャーシアースしてもかまいません。


下の画像は実際に組んだラグ板の様子です。前出のパターン図とは向きが逆で見にくいのはご容赦ください。


画像をクリックすると大きくなります。

左下は背面パネルの配線と電源部の様子です。1/4インチサイズのヘッドホンジャックは連動スイッチが内臓されていないタイプで、しかも取り付けネジ部分が樹脂製の絶縁タイプを使いました。取り付けネジ部が金属製のものは、回路のアースがここを伝ってパネル→シャーシへと導通されますので、ここがシャーシ・アース・ポイントを兼ねることになります。絶縁タイプを使う場合は、ここ以外のどこかでアースラインをシャーシにつながなければなりません。ヘッドホンジャックは通常根元に近いところにある端子が左右共通のアースです。ここで使ったもの(同じものを頒布しています)は紫色の線をつないだ方が端子が右チャネルで茶色の線をつないだ方が左チャネルです。奥に見えるのがDC12Vの2.1mmタイプジャックで端子が3つ出ていますが、そのうち1つは差し込んだ時にOFFになるスイッチなので間違えてそこにつながないようにしてください。2つあるRCAジャックは白い樹脂でアース側とパネルとが絶縁されるタイプです。アース端子側は互いに黒い線でつなぎ、一方からボリュームにつないでいます。

旧版ではLED内臓のロッカースイッチなるものを使いました。このスイッチはなかなか格好が良いので部品頒布もしていますが、ひとつ重大な欠点があります。それは、穴あけが面倒でしんどいということです。14mm×19mmの四角い穴を正確に開けなければなりません。そんなの慣れているよ、という方は別としてケース加工に慣れていない方は小さな丸穴で済むトグルスイッチをおすすめします。改訂版の本機では初心者でも加工が容易なごく一般的なトグルスイッチを使いました。電源スイッチはお好みで選んでください。なお、このトグルスイッチにはLEDは内臓されていませんので、別途LEDブラケットがないとヒカリモノがなくなります。LED周辺の画像が漏れてしまいましたが、ブラケット仕様でない裸の標準タイプのLEDは直径が3mmなので、3mmドリルでパネルに丁寧に穴を開け、LEDを差し込んで裏からボンドで固めてしまいます。LEDのリード線は長短の区別があり、長い方がプラスで短い方がマイナスです。その際にLEDのリード線がパネルに接触しないように配慮してください。


画像をクリックすると大きくなります。

 ←ボリュームまわりの回路図と実際の配線の関係。


上の図はボリュームまわりの配線方法です。実際の配線は上の中央の画像です。ボリュームの6つある端子のうちアース側の2箇所を単線でつないでから配線作業をはじめました。ボリューム本体に隠れてよく見えませんが、入力RCAジャックからの左右の信号ケーブルが裏を回りこんでボリュームの端子につながっています。3個ずつある端子のセンターはアンプ入力につなぎます。いずれもシールド線は使っていません。集中アースの卵ラグが見えますがこのラグを留めたスペーサだけは金属性を使っているのでこのスペーサを経てシャーシにアースされています。

アンプ内部の全体の様子です。そんなに太い線材は使っていません。熱くなる部品もないので放熱の配慮は不要です。ただ、電解コンデンサは高さがあるので、1cm以上の高さのスペーサを使うとケースの天井に当たってしまいます。常に高さを確認しながら部品調達・実装してください。このケースは表面をアルマイト処理がしてあるので単にパネルと本体を接触させただけでは導通せず、アースから浮いてしまってシールド効果をしなくなります。パネルを固定している4個の皿ビスをちょっときつめに締めてやると、アルマイト面が削れてうまく導通するようになります。ケースに触れた時に不安定なノイズが出た場合はケース〜パネル間の導通不良です。

20P平ラグに取り付け穴が3つありますが、センターの穴は周囲のラグ端子が接近しているため、金属製のスペーサやナットを使うと接触ショートの危険があります。できればここだけは樹脂製のスペーサとナットを使ってください。下の画像では、金属製のナットを使っていますが、ここでもワッシャだけは透明な樹脂製のものを当てています。部品の頒布では、プラスチックナット+金属製スプリングワッシャです。


<部品について>

負帰還抵抗の受け側にある半固定ボリューム(100Ω)を調整することで負帰還量が変わり、それに応じて利得が変わります。調整機材がない方は、これを51Ωくらいの固定抵抗に置き換えるか、テスターで測定して左右の値を揃えます。利得が足りなければ39Ωくらいに減らし、多ければ68Ωくらいにしてやります。お好みでどうぞ。

半固定ボリュームは比較的入手しやすいBOURNSの25回転タイプの足を右画像(クリックすると大きくなる)のように加工してから取り付けました。センターの足を一方の足にからませてハンダづけしています。利得(=負帰還)調整の時の回転方向が入れ替わるだけのことなので、どっ側にからませてもかまいません。取り付け向きもどちらでもかまいません。

下図は、本機で使用したFETおよびトランジスタの接続です。いずれも、印字面を手前にした状態で判断します。2SK170は、回路図でいうと、上からドレイン(D)、ゲート(G)、ソース(S)の順ですが、実物は左からドレイン(D)、ゲート(G)、ソース(S)の順です。おなじみ2SK30とは左右が逆ですので注意してください。トランジスタは回路図で矢印がついているのがエミッタ(E)、横に出ているのがベース(B)、斜めに出ているのがコレクタ(C)ですが、実物は左からエミッタ(E)、コレクタ(C)、ベース(B)です。

配線の時、裏表(左右)を間違えてしまう人、2SAと2SCを取り違えてしまう人がたくさんいます。特に、左右チャネルでシンメトリな構成で実装する時に勘違いしやすいです。一旦取り付けてしまった3本足の部品をはずすのは至難ですからくれぐれもご注意ください。


2SK170 2SA733 / 2SC945
2SA1015 / 2SC1815
2SA1358 / 2SC3421

マイナス電源用の2個のダイオードは順電圧を使っていますので通常のシリコン・ダイオードでなければなりません。10DDA10あるいは10E1を指定していますが、1N4002〜1N4007はすべて使えます。東芝のS5277シリーズも使えます。SBDは順電圧は非常に低いので使えません。シリコン・ダイオードでも電流容量が大きい(3A以上)ものは順電圧が低いのでおすすめしません。

ヘッドホン・プラグ/ジャックの結線は右上図のとおりです。先端をTipと呼んで「左チャネル」、真ん中をRingと呼び「右チャネル」、根元がSleeveで「アース(共通)」です。Top-Ring-Sleeve構造のプラグ/ジャックのことを略して「TRS」とも呼びます(画像出典:Behringer社)。ジャック側の端子の配線は部品によってまちまちなので、実物を見て、テスターで導通をみて判断してください。案外面倒な作業ですがジャックの端子の出し方には標準というものがなく簡単に手に入る答えはありません。プラグを挿入した時に連動して動作するスイッチがついたジャックも多数売られています。スイッチ付きジャックでは端子が4個以上出ていますは、中がどうつながっているのかもさまざまですので、中をのぞいたり、テスターを当てたりして確認してください。

電源スイッチは旧版ではLED内臓のロッカースイッチを使いましたが、本製作では穴あけ加工が容易なトグルスイッチとLEDの組み合わせです。LEDは通常品とは異なった形状で先が丸くない筒状のものです。通常品はチカッと光りますがこれはつや消しなので全体が光ります。スタンレー製で3889Sシリーズといいます。秋葉原の店頭でもまずみかけることはありませんが若干の手持ちがありますので希望される方にはお分けします。部品頒布ページからどうぞ。

ケースは、タカチ製HEN110420(pdfカタログ)を使用しました。サイズ(外形)は、幅11.15cm、高さ4.36cm、奥行き20cmです。20Pのラグ板に加えてボリュームやヘッドホンジャックを入れようとするとぎりぎりのサイズです。図面だけで設計すると失敗するので、必ず部品の現物を当ててからレイアウトを決めてください。

DC12Vスイッチング電源は秋月電子のDC12V/1Aタイプ(600〜700円)です。きわめて廉価ですがスイッチングノイズが非常に低く、特性的にも申し分のないものです。これに適合するDCジャックは内径2.1mmの標準タイプです。DCジャックほかほとんどの部品が千石電商で廉価に手に入ります。すでに述べましたがDC12Vスイッチング電源はものによって残留ノイズがかなり違いますので注意してください。

ボリュームは、左右精度が非常に良く、雑音性能・耐久性に優れたアルプス製のデテント・ボリュームRK27シリーズを使いました。三栄電波が品揃えが良く、品揃えは限定されますがとにかく廉価なのは門田無線小林電機商会です。

配線は、ユニバーサル基板に組んでも、平ラグで頑張ってもいいでしょう。アースは入出力、左右すべていっしょくたでまず大丈夫ですが、本ページ掲載のアースの流れと同じかできるだけ近いように配線するのが無難です。発熱部品もないのでケースに放熱孔はいりません。

本バージョンの部品頒布は終了しました。

・ACアダプタは秋月電子通商で廉価に入手できます。
・ケースは、秋葉原ラジオデパートB1奥澤、2Fエスエス無線などで扱っており両店ともに地方発送OKです。


■基本動作テスト

配線ミスや半田し忘れはわたしもよくやります。よくやることだから「かならずどこかでやってる」くらいに思っていた方がいいです。つまり、どんなに簡単なアンプでも一発で音が出るのはよっぽど運がいいということです。それをみつける最短コースがこれから説明する各部の電圧が正常かどうか、という検査です。

基本は対アース電圧ですが、一部、アース以外の2点間の電圧もあります。差動ヘッドホンでは以下の8箇所を測定すれば正常かどうか、設計どおりかどうかを掴むことができます。

  1. プラス側の電源電圧(対アース)=8.9V〜9.7V・・・・電源回路にミスがある。異常に低い場合はアンプ部に重大なミスがあってとんでもない電流が流れている。
  2. マイナス側の電源電圧(対アース)=-1.5V〜-1.6V・・・・電源回路にミスがある。
  3. 初段2SK170の共通ソース電圧(対アース)=0.15V〜0.32V・・・・初段周りあるいはダイヤモンド・バッファの配線ミスなどで動作が正常でない。電圧は2SK170の個体によって0.15Vから0.30Vの範囲でばらつく。
  4. 初段2SK170の2つのドレイン電圧(対アース)=4.4V〜5.0V・・・・初段周りあるいはダイヤモンド・バッファの配線ミスなどで動作が正常でない。
  5. 初段2SK170の2つのドレイン間電圧(ドレイン〜ドレイン)=±0.3V・・・・2SK170のペアが揃っていないか配線ミス。頒布している選別ペアなら±0.5V以内になる。
  6. 出力段センター電圧(対アース〜10Ωと10Ωの間)=4.4V〜5.0V・・・・ダイヤモンド・バッファが正常に動作していない。
  7. 出力段無信号時電流(10Ω+10Ωの両端電圧を測って20で割る)0.41〜0.44V÷20Ω=20.5〜22mA・・・・出力段のアイドリング電流がわかる。
  8. アンプ部の全消費電流(電源33Ω抵抗の両端電圧を測って33で割る)0.9〜1.1V÷33Ω=27〜33mA・・・・アンプ部の全消費電流がわかる。
初段2SK170のドレイン電圧(4.7V)と、後続のダイヤモンドバッファ回路の電圧関係は下図のとおりです。初段は、定電流回路が正常であれば、ダイヤモンドバッファがなくても正しく動作します。後続のダイヤモンドバッファの各電圧を支配しているのは初段2SK170のドレイン電圧(4.7V)です。バイポーラトランジスタ(2SCとか2SAがついたトランジスタ)のベース〜エミッタ間電圧は常に0.6〜0.7Vで一定であるという点に着目してください。2SC1815と2SA1015のベース電圧がともに4.7Vである場合、2SA1015のエミッタ電圧はそれよりも0.6〜0.7V高くなり、2SC1815のエミッタ電圧はそれよりも0.6〜0.7V低くなっていなければなりません。もしそうなっていなかったら、配線の漏れやハンダの不良があります。続く2SC3421と2SA1358も同様です。

回路図を見ていただくと、このキモとなる箇所の電圧はすべて記載されています。そして、異常な電圧が現われた場合、そのほとんどは部品の異常ではなく配線の不良(し忘れ、半田がちゃんとのってない)です。そしてもう一つの可能性は購入した(とりつけた)抵抗器の値の間違いです。本機のような低圧回路の場合、耐圧破壊の可能性は非常に低く、また、電源回路に33Ωがあるため少々の回路ショート事故が起きてもトランジスタが破壊することは希です。部品を疑う前に、ご自分の作業を疑いましょう。


■利得の調整

負帰還量(利得)調整用の半固定抵抗器は、約50Ωを中心に増減させることで負帰還量を変化させ、仕上がりの利得を調整することができます。

50Ω以上100Ωまで・・・負帰還量は増加し、利得は低下する。
50Ωの時・・・ほぼ設計どおりの利得になる。
50Ω以下・・・負帰還量は減少し、利得は増加する。但し、負帰還量を減らしすぎると歪が増加し、周波数特性が劣化する。

測定装置を使った精密な利得の測定をしなくても、テスターを使って半固定抵抗器の抵抗値を揃えておくだけでも十分な精度を出すことができます。Ωレンジにセットしたテスターを半固定抵抗器の両端に当てて、左右の抵抗値が揃って50Ωとなるように調整すれば完了です。この時、ヘッドホン・ジャックには何もつながないようにしてください。ヘッドホンをつないだ状態だと測定値に誤差が出てしまいます。

半固定抵抗器を47Ω〜56Ωくらいの抵抗器に置き換えてもかまいません。利得が高すぎるようでしたら68Ω〜100Ωくらいに変更し、利得が足りないようでしたら33Ω〜39Ωくらいにします。


■測定と試聴

測定結果は以下のとおりです。そして、この結果は少々の配線がへたくそでも誰が作っても再現性があり、このスペックが出ます。それがこのアンプのいいところでもあります。

周波数特性における測定条件は、電源供給電圧=12.1V(秋月で扱っているスイッチング電源アダプタ:12V/1A 100〜120Vタイプ)、負荷=68Ω、出力電圧=0.316Vです。低域側は5Hz以下でもフラットで、高域側は-3dBポイントが600kHzとなりました。その先は10MHzまで素直に減衰しており、波形を乱すようなピークは存在しません。本機の回路は、負荷を完全にはずして開放にすると10MHz付近にピークが現れますが、200Ω程度の負荷を与えるとピークが消えます。負帰還抵抗が150Ωと低い値になっているのは、負帰還抵抗自身が負荷に一部を形成することで、無負荷状態でもこの種のピークが生じないための工夫だったわけです。

方形波応答は以下のとおりで申し分ありません。オペアンプで時々目にするヒゲも段差もありません。方形波を見たいという方もいらっしゃるようなので念のため掲載しました。なお、10pF〜0.01μFの容量負荷を与えても波形の乱れは一切生じません。


歪み率特性における測定条件は、電源供給電圧=12.1V、負荷=68Ω、LPF=80kHzです。100Hzと1kHzはぴったり一致し、10kHzは少しだけ多めに出ていますが全般に良く揃っています。歪み率特性曲線のうち左半分の左上がりの直線部分が本機の残留雑音を表わしています。出力電圧0.01Vにおいて歪み率が0.11%弱ということはそこに11μVほどの何かがあるということです。その何かと言うのは歪み成分ではなく雑音です。すなわち、残留雑音レベルは11μVと非常に低く、出力20mW(at 64Ω)におけるS/N比は100dBにもなります。測定帯域を30kHzに狭めると残留雑音レベルは6.7μVまで下がります。これくらい低いノイズレベルになるとまず耳では検知できません。右半分の弓なりの曲線が本機固有の歪みの特徴を表わしています。このカーブは差動回路特有のもので、実は、この弓なりカーブが本機の音の心地よさの決定要素のひとつとなっています。

出てきた音は旧版と同じです。本改訂版は電源ON/OFF時のDC挙動の不具合を見直しただけですので変わらなくて当然ですが。オーディオアンプの常として完成初期は音がやや荒れますが、通電しているうちに徐々に落ち着いてきます。鳴らし運転は基本的に通電すればよく、音を入れても入れなくてもその効果の違いはほとんどありません。


■いろいろなヒント

(1)最大出力を大きくしたい:

本機を最大出力で動作させた時の音量は、十分にあなたの耳を難聴にできるくらいのパワーがあります。しかし、PA業務などで一時的に大音量が必要な場合、本機の最大出力では不足することがあります。最大出力を大きくする最も簡単な方法は以下のとおりです。簡単でしょ?

(2)2SK170の選別は自力でした方がいいのか:

「本来は自力で選別すべきで、頒布を受けるのはよくないことだ」と思っていらっしゃる方が多いようなので、そのようなことはありません。結論から申し上げると、しない方がいいと思います。その理由は以下のとおりです。
JFETのばらつきは正規分布せず、やや偏りを持ちつつまんべんなくばらつきます。100個買ってきて30分類すると、極端なはなし3.3個ずつに分かれてしまいます。実際、50個買ってきて4個のセットができなかった、という方もいらっしゃいますが取れなくて当然なわけです。運よく100個から5グループの4個セットが得られたとして、残った80個はばらばらに散らばってしまうので結局使えないことになります。そういうのを引き取ったことがありますが、リード線がフォーミングされたものだったで手持ちのものと混ぜるわけにもゆかず、一部を他の用途に使ったのみで残りの大半はバラバラのまままだ持っています。というわけで、1回の製作ための選別はあまりおすすめしていません。
但し、将来、何台もお作りになったり、別の用途での利用のあてがある方、そもそも選別冶具を作ることが学習の目的である方はこの限りではありません。

(3)2SK170以外のFETは使えるか:

使えます。完全に代替可能なのは2SK370です。但し、もう売ってないでしょう。2SK117は2SK170の時よりも若干利得が減る程度なので実用範囲です。BLランクを使ってください。Dual FETの2SK389も使えます。2SK30は利得がほとんど得られないため使えません。2SK246も使えません。

(4)何故2SK170をかくも精密に選別するのか:

本機の差動回路はDC帰還がかかっておらず増幅素子(2SK170)のばらつきを自己修正する機能を持っていません。精密なペアを使うことで最適化された動作条件になるように割り切った考えで設計されています。選別しなかった場合、運がよければそのまま問題なく動作しますが、ばらつきがあると最大出力が目減りする、全体に歪率特性がレベルダウンする、といったことが起きます。なお、差動回路の共通ソース側に100Ω程度の半固定抵抗を入れてバイアス特性を修正する方法も考えられますが、欠点としては15Pの平ラグにおさまりきれない、オープンループゲインが3/5くらいに下がってしまう、などが挙げられます。しかし、方法としては悪くないと思います。その場合、50Ωではすべてのばらつきを吸収しきれませんので100Ωのものが適します。

(5)定電流回路トランジスタは選別する必要はあるのか:

2SC1815のYランクの指定がありますが、この回路は個々のトランジスタ特性の精密さは要求されません。しかし、定電流特性を決定づけている左側のトランジスタのVBEはhFE値の影響を受けますので、気持ちの問題として頒布しているものについては半端な値のものは排除し、hFEも一応は揃えています。ここで使う2SC1815のhFE値はあまり高くない方が安全ですのでhFE値が高いグループであるGRランクはできるだけ避けてください。

(6)ダイヤモンドバッファ回路トランジスタはペアである必要はあるのか:

トランジスタのhFE(電流増幅率)はばらつきが甚だしいので一定の範囲ごとにランク分けをして出荷されていますが、同一ランクであっても値の幅が広く、たまに極端にかけ離れた個体が混ざっているといういやらしい現実があります。本回路では、全く選別しなくてもちゃんと音は出ますし、それなりのスペックのアンプに仕上がります。しかし、hFE値が低いと出力インピーダンスは高くなり、最大出力付近の直線性も悪くなります。いろいろな意味で左右の特性の同一性が失われます。耳で聞いてわかるかというと、実はわからなかったりしますが。しかし、部品を頒布する側としては、できるだけかけ離れたものや値が低いものは排除したいですし、お送りするセットごとに揃ったものを入れたいというのが人情ではないでしょうか。ご自身で選別されるのであれば、hFE測定機能がついたテスターを使い、購入した数十本くらいの中から、hFE値が高くかつよく揃ったものを選んだらいいでしょう。

(7)部品に投資したらもっといい音になるか:

いろいろと試すことはいいと思いますが、そういうことに期待しすぎない方がいいでしょう。コンデンサ類の種類(メーカーや商品ライン)によって音が変化することは本機でも起こりますが、音に対する評価と金額とは相関がないようです。私は廉価な通常タイプまたは低ESRタイプを使っていますが、これで不満はありません。というより、オーディオ用のものの方が音が変だと感じます。抵抗器は通常の5%級のカーボン型で十分ですが、頒布では1%級の金属皮膜抵抗を採用しています。なお、こういうものをはじめて作る方は、部品をどうこうするよりも、半田づけがきれいに確実にできるようになることを最優先されたらいいでしょう。その方がいいアンプが作れるようになります。

(8)電源供給電圧は12Vでなければならないか:

本回路では、V+電圧=9.3Vで初段ドレイン電圧はその半分の4.7Vですが、この関係が維持できるのであれば10V〜15Vくらいの範囲であれば動作します。詳しい説明は本文中にあります。電源電圧を変えた場合の副産物として出力段のアイドリング電流も変化します。そのため高い電源電圧になるほど出力段トランジスタの温度が上昇します。放熱板を使わなくても大丈夫な電源電圧は15Vどまりです。なお、使用しているアルミ電解コンデンサの耐圧が16Vですので、15Vという数字もぎりぎりですので15Vを超える電源電圧での使用はおすすめしません。

(9)スイッチング電源アダプタを使うのと電源トランスを使って電源回路を組むのとで違いはあるのか:

明確な差異は認められない、あったとしてのその因果関係は説明できない、というところでしょうか。「スイッチング電源なんかダメ」ということはないですね。それを言ったら私が信頼して使っているDigidesign製のレコーディング機材は全滅してしまいます。気にする人は気にするし、騒ぐ人は騒ぐけれど、私はどっちでもいいという態度でいきます。

(10)スイッチング電源のせいなのかきたないハムが出るが対策はあるか:

本機のスイッチング電源だけが犯人であるとは言い切れません。本機の電源回路のリプルフィルタを強化しても駄目な場合があります。imacなどで特定の機種のパソコンにつなぐとその種のノイズが大きくなる、という現象も報告されています。電源ケーブルおよびオーディオ信号ラインの両方にフェライトコアのノイズフィルタを入れると効果的なことがあります。入れる場合は本機に近いところで最低でも2ターン巻いてください。

(11)回路定数はオリジナルに忠実であるべきか:

抵抗値などが「何故、その値であるのか」がわかるようになると自作の面白さが増します。たとえば、手持ちのACアダプタの電圧が12Vではなくて15Vなんだけどどうすれば使えるか、といったことです。回路定数の変更は自由です。しかし、回路定数を変更しても出てくる音はほとんど変化しないでしょう。オーディオアンプは、回路定数を少々いじってもそういうことで音が良くなったり悪くなったりするようなものではありません。本機の回路および回路定数は、私の手が届かない遠にいる誰であっても確実に動作し、確実にこの音が得られることを考えて設計してあります。そういう目的としては最適解に近いものだといえるでしょう。しかし、回路設計の可能性はほとんど無限ですから、本機の回路をベースにしていろいろな工夫、実験、失敗を経てよりよいものをめざしてチャレンジしてください。(この回路が最高である、部品も同じでなければならぬ、などということを言い出すほど私はまだ出来上がっていません)

(12)もっぱら16Ωの低インピーダンスのヘッドホンを使うのだが回路はこのままでいいか:

このままで16Ωのヘッドホンを十分にドライブできますが、気になるようでしたら出力段のエミッタ抵抗値(10Ω)を6.8Ωに変更します。こうするとアイドリング電流が増加するのでA級動作領域は広がりますがトランジスタの発熱が増し、電源電圧も9.3Vから9.0Vくらまで落ちます。いろいろとバランスが崩れてきますのでエミッタ抵抗をいじるならくこれくらいまでです。欲張って4.7Ω以下に変更してもあまり効果はありません。今度はドライバ段の1.5kΩがボトルネックになってきます。しかし、1.5kΩをいじると出力段のバイアスが狂ってしまうため82Ωとの組み合わせて調整が必要になります・・・という具合で全面的な定数変更を引き起こします。

(13)このヘッドホンアンプをパワーアンプとして8Ωスピーカーを鳴らせるか:

大変興味深いテーマです。そこで回路は一切変更しないで強引に8Ω負荷をかけたらどうなるかやってみました。結果はご覧のとおりで、0.1Wほども出ませんがそれでも結構な音量で鳴ります。参考になる実験がこちらにあります。→ http://www.op316.com/tubes/hpa/cqhpa-sp.htm

(14)このヘッドホンアンプをプリアンプとして流用あるいは共用できるか:

できます。このヘッドホンアンプの出力をそのままパワーアンプにつなげば、ラインプリアンプになります。アンプ部側の回路変更は不要です。ヘッドホンジャックには、ジャックの抜き差しと連動するスイッチがついたものがあります。これを使って出力信号がヘッドホンに行くか、プリOUTに行くか切り替えればいいのです。注意点は、ヘッドホン側に切り替わった時、プリOUTがどこにもつながっていない状態になると、パワーアンプからみて入力がオープンになってしまうことです。そこで出力側は以下のように配線します。このようにすると、ヘッドホンジャックを挿入した時はプリ出力が切れて、プリ出力は330Ωで接地されるためパワーアンプの入力がオープンになることが回避できます。ついでに入力側にロータリースイッチをつければセレクタ付きヘッドホン&プリ兼用アンプの完成です。

(15)出力段のトランジスタは放熱板に取り付けた方がいいか:

16V以下の電源電圧で使用する限りその必要はありません。本機の回路定数では、出力段トランジスタが熱暴走することはありません。むしろ、若干温度が上昇してVBEが低下することで必要なA級動作としてのアイドリング電流を得ています。また、若干温度が上昇することでhFE値が高くなるため出力段の動作がより有利になっています。冷却してしまうとA級の動作領域が狭くなってしまうだけでなく、hFEが低下して不利な条件になってしまいます。


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