<いきさつなど>
2012年の秋にウィーン国立歌劇場の日本公演がありました。ウィーンフィルはその直前にスペイン〜イタリアをまわる演奏旅行をしており、彼らはウィーンに戻ると休む間もなく日本に向かって発ちました。日本滞在は10月8日〜11月5日の一ヶ月近くに及びました。帰国する前日、団員のひとりと会っていろいろな話をしている中で、彼が興味を示したのが演奏旅行先で鳴らせるオーディオ装置のことでした。同じニーズはライブツァーに関わっている音響エンジニアにもあります。私だって、プライベートな旅行で長期にホテルに滞在する時は自前でオーディオシステムを持参します。
というわけで、どんな機能のどんなオーディオシステムが彼らにとっていいのだろう、と考えているうちにこのトランジスタ式ミニワッターが使えそうだということになり、早速試作してみました。題してUSB DAC内蔵ミニワットツアラー。
<利用シーンを想定する>
電源事情の考察:
モバイルで歩きながら聞くわけではなく、基本的に滞在先のホテルの室内ということになります。商用電源が使えるわけですが、電圧は100V〜240Vのいずれにも対応可能なユニバーサル電源でなければなりません。AC100V〜240V対応のACアダプタを使う方法のほかに、PCのUBSから供給される5V×0.5Aの電源を使うという選択肢もあります。
接続するソースの考察:
ミュージシャンのほとんどはMacBookなどに音源を入れています。iTuneとiPodを併用している人は相当に多いと思いますので、USB接続とアナログ入力の両方に対応した方が使いやすいでしょう。PCを持って行かなかった場合や別の誰かが持っているiPodをつないで聞きたいような場合、USBだけの対応では不十分です。PCを持っていたとしても、PCの電源を入れないでiPodで聞きたいこともあるでしょう。機能を簡素化するためにデフォルトはUSB音源とし、ステレオミニジャックに外部ソースのプラグを挿入すると、USB音源側が切れて外部ソースに切り替わるようにします。
音量調整方法の考察:
USB音源が鳴らせる市販品の多くは、PC側で音量調節をする前提でアンプ側には音量調整ボリュームがついていません。しかし、各製品のユーザーレビューを読んでみると、音量調整ボリュームがついていないことが致命傷であることがよくわかります。使い勝手からみるとPC側の音量調整機能では不十分なのです。私もいろいろと迷いましたが、アンプ側に音量調整ボリュームをつけることにしました。
サイズ&形状の考察:
できるだけ軽量&コンパクトであることは当然の要求です。旅行トランクに詰め込むことを考えると、ケースの角は尖らずにまるい方がいいでしょう。タカチのHITシリーズのHIT13-3-13SSがちょうど良さそうです。
スピーカーの考察:
PCやiPodにつないで音が出せる装置なら家電量販店に行けばいろいろなものが売られていますし、ユーザーレビューを見ると結構高評価のものがあります。しかし、何故彼らがそうした製品を使っていないのか。やはり要求している音の次元が違うようです。お手軽なコンパクトオーディオで使われているスピーカーエンクロージャはどれも樹脂製ですが、樹脂製のエンクロージャはどんなに補強しても特有の鼻にかかった音がします。ヌケが良くしっかりとした鳴り方を求めると、サイズは小さくても本格的な材質&構造のスピーカーになります。スピーカーは少々重くても頑張って持って行くとして、それ以外をいかにコンパクトにするかがポイントになるということのようです。
MONITOR AUDIOのRHシリーズにR45HD(http://www.hifijapan.co.jp/RadiusHD.htm)という非常に小さいけれど、なかなかしっかりした音を出すスピーカーがあります。最初はこれが候補になったのですが、ちょっとローが出なさすぎると感じました。サイズは申し分ないのですが、もうちょっと大きくてもいいからまともな低音が欲しいなどと贅沢を言いたくなったのです。下のカラフルなスピーカーは私がデスクトップで愛用しているtangent EVO E4(http://www.tangent-audio.com/en/model/105_EVO-E4-bookshelf-speaker.html)ですが、おそらくまともなローが出る密閉タイプでは最も小さい部類にはいると思います。しかし、これは流石に持って歩くには大きすぎるというか、無理な気がします。R45HDとtangent EVO E4の中間に位置するのがALLROOM SAT(http://www.audiopro.com/products/allroom)です。このスピーカーの前身はAVサラウンドシステムのサブスピーカーのC2です。以前はC2がバラでオークションに出ていたので、これが手に入ったらお得です。
左から、monitor audio R45HD、tangent EVO E4、audio pro ALLROOM SAT、audio pro C2。
いろいろ悩んだ末、ALLROOM SATを使ってみることにしました。秋葉原のヨドバシカメラにはR45HDもALLROOM SATも置いてあって、試聴できたので大いに参考になりました。なお、ALLROM SATに関しては、改造レポートがこちらにありますので、興味がある方はご覧ください。
超小型スピーカ audio pro "ALLROOM SAT"のチューニング・・・http://www.op316.com/tubes/toy-box/allroom-tune.htm
<全回路図>
USB DAC部およびアンプ部の全回路は以下のとおりです。(注意:位相補正コンデンサは回路図等の記述にかかわらず220pFが現在の推奨値です)
<USB DAC部>
本機では回路図に記載したとおりのコンデンサを取り付けています。C5、C6はキット付属の47μF/25Vですが、C11、C16、C17は220μF/10V、C14は1000μF/10Vともに低ESRタイプです。AKI.DAC-U2704の回路定数とキット部品をそのままを使ってもかまいません。AKI.DAC-U2704に関する記事はこちら(http://www.op316.com/tubes/lpcd/aki-dac.htm)にありますので必ずお読みください。
<フィルタ部>
本機には、AKI.DAC-U2704に関する記事(http://www.op316.com/tubes/lpcd/aki-dac.htm)と同等のLPFを組み込んでいます。一部の抵抗値を変更してあります。
<入力部>
切り替えスイッチ付きの3.5mm径のステレオミニジャックを使って2系統の入力切り替えを行っています。ステレオミニプラグを差し込んでいない時は、USB DACの出力につながり、差し込むと外部入力に切り替わります。外部入力は、iPodのDOCKまたはヘッドホン出力が適合します。
音量調整ボリュームは10kΩを使いました。別に50kΩでもいいのですが、なりゆきでこうなりました。そのため、外部入力の入力インピーダンスが10kΩあるいはそれ以下になりますので、接続可能なソース機材を選びます。iPodなどのポータブルオーディオは基本的にOKですが、真空管式のプリアンプなどはダメです。
音量調整ボリューム(10kΩA×2)のところについている抵抗(R.ADJ)は、2連ボリュームのギャングエラー(2個のユニットのばらつき)を矯正するためのものです。ALPS製のRK27を使う限りそのような手当は不要ですが、本機で使ったのはスペースの都合で小型の廉価なものですので、どうしてもギャングエラーが生じてしまい、ボリュームポジションによって左右のバランスがおかしくなります。そこで、購入してから実際にテスターで測定し、私のアンプ設計マニュアル / 雑学編の中の「2連ボリュームの左右アンバランス補正」を使ってで矯正してやりました。なお、部品頒布では、矯正済みの抵抗器付きの状態のものをお送りします。
<利得の設計>
AKI.DAC-U2704は出力電圧が低いのでアンプの負帰還定数を変えて利得を高め(約6倍)に設定してあります。本機の最大出力が8Ω負荷で1.4Vですから、電圧に換算すると3.35Vになります。これを6倍で割ると0.56V入力でフルパワーとなることがわかります。DAC部の出力電圧は、LPFでのロスを入れると0dBFSで0.56Vくらいになりますので、フルボリュームでぴったり最大出力内に収まる・・・アンプの能力を100%使ってしかも絶対にクリップしない計算です。4Ω負荷の場合は、フルボリュームでは0dBFSの信号が入った時に1dBほど利得オーバーとなるためほんのわずかにクリップする計算です。
<パワーアンプ部>
基本回路は元記事(http://www.op316.com/tubes/mw/mw-12v-p2.htm)と同じですが、細かいところで変更があります。
「+12V〜出力センター〜アース」の間に4.7kΩが追加になっています。本機のようなSEPP-OTL回路では、回路の性質上、電源OFFにしても出力コンデンサには1V程度の電荷がいつまでも残ります。4個の4.7kΩはこれを完全に放出させる働きがあります。別になくてもいいようなものですが、電源OFF後かなり経ってからでも本機に信号が入力れた時に「ジッ」というノイジーな音が出ることがあるため、念を入れてこんなことをしてあります。
ケースのサイズの都合で、高さが18mm以上ある部品は使えません。パワートランジスタは斜めに寝かせることでしのぎましたが、アルミ電解コンデンサは次のようにしてやりくりしています。電源用のコンデンサは、1000μF/16Vの通常タイプ(低ESRタイプは背が高すぎる)を3個ずつ並列にしました。出力コンデンサは、1000μF/10Vの低ESRタイプを3個ずつ並列にしました。
<電源部>
元記事と同じですが、異なるのはDC12Vのジャックのところに100μF/35Vのコンデンサを追加したことでしょうか。ここにコンデンサを入れることでACアダプタのスイッチングノイズを効果的にバイパスしてくれることがわかったためです。いずれ元記事にも追加するつもりです。LED点灯用のドロップ抵抗(3kΩ)も基板側に組み込みました。本機では電源スイッチは省略していますが、つけてもかまいません。
<アースライン>
アースラインは、回路図上に実装と同じように描いてありますので、配線の参考にしてください。USB DACの左右2つのアース(GND)はキットの基板では中でつながっているので、片チャネル側だけを使って取り出しています。左右から2本分けて出す意味はなく、むしろアースループの原因になります。フィルタ部のアースは独立して直接USB-DACのアースにつないでいます。こうしないとフィルタを通ったデジタルノイズがアースラインに乗ってしまいます。USB DACを出たアースラインは、ステレオミニジャックのところでシャーシアースされながら、アンプ部に至ります。
<製作、外観および内部の様子>
使用した基板は私が良く使うタカスのIC-301-72です。製作にあたって自分用に作ったパターンのメモがありますので、参考のために公開します(クリックで拡大)。
私の配線の流儀では、隣り合うランドとランドをつなぐ場合はホチキス型に加工した0.28mm径の銅線(ホームセンターで売っている銅針金)をジャンパーとして使い、穴に通してから先を折り曲げています。抵抗器やコンデンサのリード線は一切曲げずにまっすぐのままハンダづけしています。こうすることで部品の交換が容易になります。穴の直径は1mmありますが、ジャンパー用の銅線の直径が0.28mmで、抵抗器などのリード線の直径が0.5〜0.6mmですので、1つの穴に2本の線が共存できます。ここにハンダを流し込むので接触面積が大きくなり、導通抵抗が下がるだけでなくハンダ不良もなくせます。
なお、製作や実験の都合でパターンと実際の配線画像・使用部品は必ずしも一致していません。パターンの方を優先してください。DC12Vのジャックのところにある100μF/35Vのコンデンサは、基板ではなくDCジャック側に取り付けます(下の内部画像は取り付ける前なのでまだついていません)。
使用したケースは、タカチのHIT-13-3-13(http://www.takachi-el.co.jp/data/pdf/08-09.pdf)です。ケース内のレイアウトですが、大きい方の基板がアンプ部で右下の小さい方の基板がAKI.DACです。2枚の基板と音量調整ボリュームはぎりぎりで収まりますが、油断するとお互いにぶつかってしまいって入らなくなりますので位置決めには注意してください。ケースの高さもぎりぎりなので、基板を取り付けるスペーサには高さ5mmのものを使い、それでもパワートランジスタが天井に当たってしまうので斜めに寝かせてあります。
このケースは、パーツ間の導通がないという重大な欠点があります。アルミボディやアルミパネルの表面がアルマイト処理をしてあるために・・・アルマイト処理は電気を通しません・・・パーツを組み立ててても電気的には導通してくれないためにアースから浮いてしまうのです。せっかくのアルミケースなのにシールド効果がないばかりか、むしろ不安定なノイズを誘発します。
ステレオミニジャックは中の構造が透けて見えるのでちょっと頭を使えばわかるのですが、以下のような構造になっています。ヘッドホンジャックとして普通に使う場合は、GND端子とL端子とR端子を使います。本機のようなスイッチ操作をしたい場合は、L(SW)端子とR(SW)端子を併用します。L端子とL(SW)端子は、プラグを差し込んでいない時は導通がありますが、プラグを差し込むと切れる構造になっています。R端子とR(SW)端子の関係も同様です。
←ステレオミニジャックの結線方法(クリックで拡大)
本機は後面パネルに取り付けたステレオミニジャックのところでアースがパネルに接触しますので、ここがシャーシアースポイントになります。しかし、このままでは上下左右4枚のボディ部分がアースから浮いてしまうので、別途基板を固定したビスのところでもう一箇所のシャーシアースを取っています(アースラグが見えます)。上下左右の4枚は、組み立てのビスをきつく締めることで導通が得られました。それでもまだ前面パネルがアースから浮いてしまうので、音量調整ボリュームの筐体の爪の部分の表面をやすりで磨いてそこにアースラインをハンダづけしています(画像に写っています)。ボリュームの筐体と前面パネルとは穴のところで導通してくれるので、こうすることで音量調整ボリュームの筐体も前面パネルもアースとつながるようになりました。タカチ電機工業さん、こういうことでは困るんですよ!
<本機の特性>
アンプ部:
仕様および測定結果は以下のとおりです。残留雑音が非常に少ないアンプとなりました。
- USB DAC: 16bit、44.1kHz/48kHz
- 外部入力: 感度=0.55Vで最大出力、入力インピーダンス=約10kΩ
- 消費電流: 無信号時=約220mA、最大出力時=約0.4A(8Ω)、約0.6A(4Ω)at DC12V
- 利得: 6.2倍(8Ω負荷、1kHz)
- 残留雑音: 7.1μV(帯域80kHz)
- 電源: DAC部=USBバスパワー、アンプ部=DC12V、1A
周波数特性および左右チャネル間クロストークは以下のとおりです。3dB落ちの帯域は4Hz〜450kHzとなりました。
アンプ部の歪み率特性はご覧のとおりです。8Ω/4Ω負荷、帯域80kHzにおける測定データです。最大出力は、歪み率5%で1.4Wを得ています。8Ωでは100Hz、1kHz、10kHzの各周波数の特性を比較していますが3本ともにきれいに重なっています。4Ω負荷における最大出力は2Wです。歪み率曲線がトランジスタ式ミニワッターPart2と異なる値・傾向なところが興味深いです。その理由ですが、ひとつは温度補償ダイオードとの熱結合方法の違いのために、アイドリング電流が異なり、本機の方がA級動作領域が広いこと、もうひとつは利得バランスが異なることにあると思います。
<使用感と音の感想など>
とにかくコンパクトで、しかもPCとUSBでつなげばすぐに音が出るのがなかなか良いです。iPodからのミニプラグをぷすりと挿せばすぐに切り替わって、音量感も大体同じなので使い心地も◎です。Part1と比べると電源ON時にわずかにポップ音が出ます。
Part1の元記事からの引用ですが、「ローからミッド、ハイまでしっかりと鳴らすアンプで少々驚きました。バイポーラらしいエッジが聞いた鳴り方で、小型のスピーカーのローエンドを元気良く鳴らします」ということです。コンサートツァーなどで持ち歩く場合、大きさと重量の制約からどうしても小口径のスピーカーになってしまうわけですが、本機は小型スピーカーでもローエンドをしっかりと鳴らしますので、ツアラーとして十分に役目を果たすのではないかと思います。