21世紀になってから作る
トランジスタ式PHONOイコライザ AC100Vバージョン



DC24V版と比べるとすこし長い箱です。
DC24Vバージョンの電源電圧を上げて許容入力の制約をなくしたのが本機です。トランジスタ式PHONOイコライザ DC24Vバージョンは、一定の制約の中で十分な実用スペックを確保しつつ廉価かつ簡単に製作できること目標としていますが、許容入力が低いのでSHURE M44-7のような高出力のカートリッジには適さないという弱点がありました。ACアダプタは手軽に電源を構築できますが、コンセントを占拠して邪魔だし通電しっぱなしが嫌だという意見もあるでしょう。DC24Vバージョンは回路としては十分に良く出来ているので、AC100Vバージョンは基本回路はそのままに電源電圧を高くしただけと言うこともできます。

■回路の解説

<全回路図>
2018.7.1現在の本機の全回路は以下のとおりです。一部の回路定数が異なるだけで、回路構成はDC24Vバージョンと変わりません。たった4個のトランジスタによる簡単な回路ですが、何かをケチッたわけでなく、個々のトランジスタには無理のない動作条件を与えることができており、これ以上何かを加える必要は感じません。


<アンプ部>
DC帰還をかけたPNP-NPN直結の差動2段増幅回路です。使用したトランジスタも、2SA872Aと2SC1775AでDC24Vバージョンから変更なしです。

PNPとNPNを使った上下対称回路が流行っているようですが私はその方式のメリットを見出せないなどの理由で採用していません(対称回路=何かよさげ、という気持ちはわかりますが)。トランジスタのVBEを使ったカスコード回路もよく見かけますが飽和付近のデバイスの特性が悪い領域ばかり使うことへの抵抗があり採用する気にはなれません。出力段にフォロワ回路やSEPP回路を追加すると負荷設計が楽になりますがデメリットを考えるとやはり採用しませんでした。どうも、オーディオ回路の世界では、ひとつの問題を解決しようするたびに半導体デバイスが2個ずつ、あるいは倍々ゲームで増え続け、設計の制約が減る一方で動作条件の設定がぞんざいになってゆく、そして代償として何かをひとつずつ失ってゆくように思います。

となると、自然にトランジスタ4個の差動2段に戻ってゆくわけで※、この方式の弱点をどう解決するのかが課題となります。そのためには、抵抗1本の値やコレクタ電流の設定はクリティカルになります。すべてを解決することができなくなるので、あちらを立てればこちらが立たずの二律相反の関係の中での最適ポイントの模索になります。

※ネットを見ていたら、私の回路をご覧になって「執念すら感じる、部品の少なさ。」というコメントを発見して本人爆笑。確かにそれもあるかなと思っています。
差動回路の共通エミッタ側は、初段・2段目ともに定電流回路ではなく抵抗器1本で済ませています。初段のコレクタ電流は210μA、2段目のコレクタ電流は3.28mAで、この値は増えても減っても全体最適から微妙にはずれます。この回路定数での利得は、初段が14.5倍、2段目が415倍ですので全体では6000倍になります。DC24Vバージョンは4300倍でしたから、1.4倍に増えています。1kHzにおける最終利得は105倍としているので、低域端の利得の余裕は約6倍ということになります。そのため、DC24V版と比べると低域での歪が減るだけでなくRIAAイコライジング特性にも影響があるので見直しが必要です。

電源電圧は22V(±11V)から30V(±15V)にアップしました。1970年頃の許容入力競争の時代には、100mVを確保するために40Vのものが数多く登場しました。それを実現するために耐圧が50V以上の低雑音トランジスタが数多く登場したくらいです。本機では75mV程度の許容入力が得られればよしとしますので設計しやすい30Vとしましたが、回路定数を見直せば40Vくらいまで高くすることが可能です。

3段目にエミッタフォロワなりSEPPなりを追加すればとりあえずの設計は簡単になりますが、高周波領域の安定度が損なわれるためあえてシンプルな2段構成としました。そのため、十分な利得や直線性を得るための最適化が難しくなったので、シミュレータを作って各段の動作のよさげなポイントを模索しています。PSPICEでは動作の内部の詳細まで追えないので、手作りのシミュレータを組み、さらに実機を組んで得た実測データをシミュレータにフィードバックして修正するという手順を踏んでいます。特に、2段目のトランジスタのhFEが回路動作の雌雄を決するので手持ちの2SC1775AのhFE値のばらつきを考慮しつつ、hFE=520の設計中心でチューニングしました。部品頒布では、hFE=530±10%以内の2SC1775Aをお送りしています。

2段目のコレクタ負荷抵抗は両方に取り付けています。出力を取り出す側が4.7kΩで、取り出さない側が4.3kΩとアンバランスになってるのには理由があります。2段目のコレクタ電流の設計値は、左側が3.32mAであるのに対して右側は3.44mAでわずかですがも右側の方を多くしてあります。こうしておくと温度変化や電源電圧の変化などで差動バランスが崩れた時でも左側のコレクタから取り出せる最大振幅が低下するのを回避できるからです。しかし、右側のコレクタ負荷抵抗を4.7kΩにしてしまうと、左側がフルスィングしようとした時に右側の2SC1775Aが飽和して足を引っ張ります。これを回避するために右側のコレクタ負荷抵抗を減らして4.3kΩとしてあるわけです。

2段目C-B間の位相補正なしの状態では動作が不安定になり高周波ノイズが増えます。DC24Vバージョンでは22pFとしましたが、本機の裸利得はかなりアップしたので33pFに変更しています。

<RIAA素子と利得の設計>
RIAA素子は「56kΩ//1380pF+910kΩ//4700pF」としました。回路上のCRから求めたRIAA特性を決定する時定数は以下の通りです。この負帰還素子と680Ωの組み合わせで、1kHzにおける利得はほぼ100倍になります。

75μS: 1380pF×56kΩ=77.3μS
318μS: (1380pF+4700pF)×(56kΩ//910kΩ)=320.7μS
3180μS: 4700pF×910kΩ=4277μS
NF式のPHONOイコライザの設計の肝のひとつに低域端のRIAA特性をどう始末するかがあります。裸利得が無限大の場合の時定数はぴったり318μSと3180μSとすればいいですが、現実のアンプの利得は有限ですから、計算どおりで組むと100Hz以下でフラットネスが得られません。それを近似的に補うために3180μSの値を大きく(打ち止めの周波数を低く)するわけです。DC24Vバージョンは1MΩでしたが、本機は裸利得が大きいので910kΩとしています。

24系列の抵抗値は1MΩの下は910kΩなので、950kΩとか870kΩなんていう中間の選択肢はありません。そこで、910kΩとした時にRIAAイコライジング特性にぴったり合わせるにはどうしたらいいかを考えました。ぴったりになるの時の裸利得が6000倍くらいであることがわかったので(このへんの計算は文献もありませんし解説すると長くなるので省略します)、アンプ部の回路定数を調整して裸利得が6000倍になるようにやりくりしています。

RIAA素子以外にも可聴帯域における周波数特性にインパクトを与える要素がさらに2つあります。1つめは、入力側にある0.47μFと270kΩで構成される1.25Hz(-6dB/oct)のHPF、2つめは、出力側にある0.47μFと後続の負荷(50kΩとして)とで構成される7.4Hz(-6dB/oct)のHPFです。これらのHPFは、レコード盤面の反り(0.5Hz〜1Hz)やトーンアームの共振による超低域振動(数Hz)をある程度までカットするためにつけています。

本機では、RIAA負帰還素子と2つのHPFの組み合わせで30Hz〜20kHz±0.2dBの正確さを得ています。後続の機器の負荷インピーダンスが無限大の場合は、出力側の0.47μFによるHPFが効かなくなるので20Hzにおいて最大1dB程度持ち上がります。

<電源部>
電源トランスから整流して約40Vを得て、それを安定化しつつ30Vまで下げてアンプ部に供給することにしました。40Vの根拠は、廉価に入手可能な小型の電源トランスに、東栄変成器製のJ-1501W(P:100V、S:15V0.1A×2)があるからです。お値段はたったの745円(2018.6現在)です。

0-15Vタップが2つついているのでこれを直列にしてAC30Vを得ます。ブリッジ整流してDC20mAほどを取り出すとDC41Vくらいになるのでちょうどいいのです。消費電流が少ないので、整流ダイオードには小型のガラスタイプの高速スイッチングダイオード(100V、0.3A)を使いました。

AC100V電圧の不規則な変動の影響を受けたくないので安定化電源を組み込みましたが、安定化については格別高性能である必要はありません。ツェナダイオードとトランジスタ1個の簡易定電圧電源です。プラスマイナスの分割は24Vバージョンと同じ抵抗2本による擬似プラス・マイナス電源です(基板パターンを見比べていただくとわかりますが、DC24VバージョンとAC100Vバージョンとでは基板パターンはほとんど同じです)。


■部品について

2SA872A、2SC1775A・・・日立が開発したオーディオ用のトランジスタで音が良いことで広く知られましたが、残念なことにすでに製造中止となりました。120Vという高耐圧であるため、コレクタ〜エミッタ間飽和電圧(VCEsat)が高いので低電圧使用には適しませんが、そこを押して採用しました。十分な利得とイコライザの精度を確保するために、2SC1775AはhFEが480以上あって左右揃ったものが望ましいです。2SA872AについてはhFE値に厳密な要求はありません。

2SC2655・・・電源のリプルフィルタは、耐圧>50V、コレクタ損失>800mW、hFE>100であれば大概のトランジスタが使えます。

整流ダイオード・・・低圧&小電流なので、耐圧=100V、順電流=0.3Aのファーストリカバリダイオード1N4148(=1N914)を使いました。

ツェナダイオード・・・17Vタイプのツェナダイオード(ルネサス HZ-18-1)を2本直列にして必要なツェナ電圧=34Vを得ています。34Vが得られればいいので、電圧の組み合わせは問いません。

RIAA素子・・・J級の汎用品のフィルムコンデンサを選別して組み合わせています。

コンデンサ・・・アルミ電解コンデンサは通常品を使いました。入出力の結合コンデンサにはDC50〜100V耐圧のメタライズド・フィルム・コンデンサを使いました。位相補正用の33pFは印加する電圧によって容量が変動しないRPタイプの積層セラミックコンデンサです。

抵抗器・・・1/4Wおよび1/2W金属皮膜抵抗器を推奨します。

ユニバーサル基板・・・当サイトではおなじみのタカス製IC-301-72です。

ケース・・・底板付のグレー塗装のアルミBOX、コンパクトに仕上げるならLEADのP302(W200×H50×D100)、スペースに余裕を持たせるならP202(W230×H50×D100)が適します。

電源トランス・・・東栄変成器製のJ-1501W(P:100V、S:15V0.1A×2)です。DC15mA〜20mAを取り出した時の整流出力が40V〜42Vのトランスであれば他のモデルでも使えます。

◆部品頒布のご案内はこちらです。→ http://www.op316.com/tubes/buhin/buhin.htm


■製作手順

<基板・平ラグパターン>
本製作は以下の基板パターンと平ラグパターンです。

基板の実装で注意していただきたいのは、2段目トランジスタ(2SC)のC-B間の33pFのコンデンサと2.2Ωのエミッタ抵抗の取り付けです。スペース的に上下に重なっているので、先に33pFを取り付けて、後からリード線を長めにした2.2Ωが33pFをまたぐように取り付けてください。なお、2.2Ωのリード線は少々長くなっても特性や回路の安定度には影響はありません。

←位相補正コンデンサをまたいでいる2.2Ω。(DC24V版より)

<ケース加工>
使用したケースは、LEAD製のP202(W230×H50×D100)です。ただの底板付きのアルミBOXですが、仕上げが丁寧で塗装もきれいです。1mm厚なので加工も容易です。

部分のレイアウトはあまり制約がないので、実物を当てながら位置決めしたらいいでしょう。上面に8個のビス頭が出て目立つので、丸く平たいトラスビスを使いました。

実際に作ってみるとケース上面のビスが少々目障りな気もするので、同じものをもう1台作るならばビスが見えないようにするつもりです。その場合は、アンプ部基板と電源部平ラグの取り付けには貼り付け式ボス(タカチ製T-600)を使い、重量がある電源トランスは底板側に引越します。部品頒布では、どちらの仕様にも対応できるように両方を用意しました。
<実装>
特に難しいものはありません。適当な金属ケースにRCAジャック、アース端子、DCジャックなどを取り付け、電源部と基板を収めたら各部を線材でつなげば完成です。入出力の信号ラインはシールド線を使っていませんが、これで所定の約90μVの雑音性能を得ています(シールド線を使ってもノイズの大きさは変化しません)。ここにシールド線を使うと入力容量が発生してしまうので、MMカートリッジを使った時に高域側にピークが生じるだけでなく、高域側のレンジが狭くなります。AC100Vケーブルの始末はPHONOイコライザー・アンプ 12AX7 Version2と同じ方式で、ケースの外を這わせることで電源ケーブル由来のハムの影響を回避しています。

←電源スイッチとヒューズホルダーが近すぎた。

<シャーシアースと配線>
アースについては若干の注意がいります。RCAジャックのアースは、入力側と出力側を分離しています。入力側はケースと接触させ、出力側は絶縁してケースとは接触しないようにしてあります。入力側と出力側の信号ラインはアース線に接近させてあります。特に入力側でこれを怠ると外部からの誘導ハムを拾いやすくなります。アース端子は入力側のRCAジャックのところでまとめています。底板の取り付けビスはケース付属のものではなく、円錐形の丸皿ビスで締め付けて「底板〜丸皿ビス〜ケース本体」が確実に導通するように配慮しています。


■測定

特性の測定結果は以下のとおりです。

利得: 105倍(47kΩ負荷、1kHz)
最大出力電圧: 6.4V(THD=0.1%)、7.7V(THD=0.3%)at 100Hz〜10kHz、47kΩ負荷
許容入力: 75mV(THD=0.5% at 100Hz〜10kHz)
RIAA偏差: ±0.2dB(20Hz〜20kHz、47kΩ負荷)
残留雑音: 80μV〜100μV(帯域80kHz)
消費電力: 2W以下
電源電圧を高くしたことで十分な許容入力を得ています。許容入力に関してはこちらの記事「アナログレコードの基礎3」を是非お読みください。DC24Vバージョンよりも負帰還量が多いので歪みは全体に減っています。雑音性能はなかなか優秀で、RIAAイコライジング特性も正確で偏差の線が0dBラインと重なって区別がつかなくなってしまいました。

左右チャネル間クロストークは、ほとんど残留雑音を測定しているようなもので、信号の漏れらしきものは5kHz以上の帯域でかすかに現れます。


(測定条件:反対側チャネルにおいて周波数にかかわらず出力=5.0V一定となるようにして測定しています)


■コメント

完成後は、アルミ電解コンデンサの漏れ電流が落ち着いて音が安定するまで少々の通電時間を要します。音の傾向はDC24Vバージョンと変わらず、バイポーラトランジスタらしい明快さとキレの良さを感じます。

消費電流の割りに電源のコンデンサ容量が大きいので、電源をOFFにしてもしばらくの間音が出続けていてLEDが消灯するまでに時間がかかります。

外見はただの四角い箱なので真空管式のようなメカっぽさや見栄えはしません。もうすこし格好いいケースに入れてやるのもいいかもしれません。



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