シャーシサイズ:250mm×150mm×40mm
EL343結シングル・アンプが完成して長い間眠っていた私の自作オーディオの虫が目覚めました。当時は兵庫県西宮市に住んでいたので、大阪日本橋界隈をうろつくようになり、ふと立ち寄った東京真空管商会で目にはいったのがZaerixブランドの旧ソ連製6B4Gでした。一生に一度くらいは直熱3極管アンプ作ってみたいと思っていましたし、十分高価な2A3や論外なくらい高価な300Bに比べれば6B4Gはずいぶん安かったので、それでも少し躊躇しながら2本買い求めました。これがきっかけで私の6B4G集めがはじまります。さて、6B4Gを使ったシングル・アンプが完成すると、これまで我が家で威張っていた先住のEL343結シングルがあっという間にその地位を追われてしまいます。たまに思い出したように6B4Gシングル・アンプと交代で鳴らしてみるものの、低域の奥行き、中域の透明感等々何をとってもかないません。
測定器もない状態なのでアンプの最低限の健康診断すらできず、原因をあれこれ想像しながらの改造計画がスタートしました。
まず思ったことはOPTの非力さです。TANGO製OPTのなかでも最廉価版であるU-608が犯人ではないか。ほかに思い付いたことは、およそ6dB程度の負帰還では足りないのではないか。12AX7の内部抵抗が高いのがいけないのか。電源がちゃちなのではないか。使った部品が安物だからいけないのか。と、あれこれ考えました。今更シャーシの穴あけからやり直すのも面倒だし、だとすればOPTはそのままでいくしかありません。ここは安直に、ドライバ管のメンバーチェンジと若干の回路変更で勝負してみることにしました。
脳裏をよぎったのは、12AX7のような高μ・高内部抵抗管ではなく、12AU7や6SN7GTのような低μ・低内部抵抗管を使ったらどうなるのか、という疑問です。6B4Gシングルでは、超低内部抵抗管5687でいい思いをしています。そう思いながらガラクタ箱をあさっていると、その昔、道端のテレビかなにかからひっこ抜いたHITACHIとToshibaの6FQ7が1本ずつ出てきました。これで球は6FQ7に決まりです。こうなると回路はもう選択の余地があんまりありません。6FQ71段増幅にカソード・フォロワではどうにも利得が足りませんから、6FQ7の2段増幅に決定です。直結もしないことにして、ごくごく単純な6FQ72段増幅+EL343結+U-608という構成になりました。(↓)
ごく普通に、電圧増幅を2段重ねてから終段をドライブする構成です。変わっている点といえば、初段、ドライバ段ともに固定バイアス方式を採用しているという点です。そのため、カソードまわりがすっきりとしています。
ちょっと気がかりなのは、段間コンデンサが2個あるため、低域時定数が全体で3つになってしまったことです。これで、オーバーオールの負帰還をかけたら低域発振するか、低域での安定度に問題が生じます。そこで、セオリーに従って低域のスタガーリングを行いました。出力段の時定数は、
1400Ω(EL34のrp) ÷ 6.3(定数) ÷ 10H(OPTの1次インダクタンス) = 22.2Hz
159(定数) ÷ 0.068μF ÷ 300kΩ = 7.8Hz
159(定数) ÷ 0.22μF ÷ 680kΩ = 1.06Hzです。案の定、10dBの負帰還をかけたらたちまち発振し、6dBに減じても10Hz以下で周波数特性にピークを生じました。そういえば、浅野勇氏が製作されたアンプのなかには本機と同じような構成のシングルアンプがいくつかありますが、どのアンプも、周波数特性で超低域が持ち上がっています。
この問題を簡単に解決するには、オーバーオールの負帰還をやめればよいので、早速、局部帰還だけで仕上げる、という安直な方針を立てました。後述しますが、出力段にはカソード帰還をかけ、2段目のプレートから初段のカソードまでダイレクトに負帰還をかけてみることにしました。こうすることで、ドライバ段全体の歪み率は若干改善されるわけで、低歪みでEL34をドライブしたらどうなるのか興味があったからです。
2段目のプレートから初断のカソードへの負帰還では、コンデンサで直流の遮断をせず、抵抗のみにして直流域まで帰還をかけようというものです。この手法は、トランジスタ回路では常套ですが、高電圧・少電流の真空管回路ではなかなか具合の良い定数になってくれません。負帰還と直流のバランス上、初段カソードは抵抗1本のみでパスコンはありません。いろいろやってみて、どんな結果になるのかやってみたかった(遊んでみたかった)のです。
この方法は、2つの大きな欠点を背負っています。ひとつは、カソード電位がヒーターよりもプラスになった場合で、カソード側が交流的に接地されていないと、ヒーターハムを引きやすくなるという問題です。事実、このような改造を施してからというもの、残留ハムは激増しました。もうひとつは、カソード側の抵抗と並列にコンデンサがはいっていないと、球の内部抵抗が高くなってしまい、せっかくの低rp管を起用したことが無意味になってしまう、ひいては超高域特性の劣化の原因にもなる、という問題です。
さて、2段目のカソードはいきなり接地し、グリッドをマイナスに引いて固定バイアスとしました。カソード側のパスコンをなくし、低域時定数を少しでも減らしてみたかったからです。これもお遊びのうちです。
ドライバ段だけの歪み率特性を測定してみました。測定方法は、片チャネルの出力管(EL34)のない状態と、ある状態の2種類のケースです。最大出力近くになると、出力管のグリッドには電流が流れはじめますから、電圧増幅段の負荷が重くなって歪み率にも変化が生じるはずです。
ごらんのとおり、出力電圧が高くなっていってあるポイントを越えると、歪みが急増してまともな増幅機能を営むことができなくなる、ということがわかりました。6FQ7のような低rp管を使い、更に6dBの負帰還でパワーをつけてやってもこの結果です。出力段のドライブがいかにしんどいのかが思い知らされた実験でした。
出力段には、OPT2次側の16Ω巻き線を使ってカソード帰還をかけています。帰還量は約3dBです。カソード・フィードバックによる出力段の局部帰還の効果ですが、帯域特性(特に高域特性)の改善はあまり顕著ではありません。改善されるのはもっぱらダンピング・ファクタです。無帰還時のDF値は約3ですが、3dBの負帰還によってDF値は4.4まで改善されています。そして、歪み率については帰還量に応じた改善がみられるわけではなく、改善効果はもっと大きかったり、逆に少なかったりする場合がある、ということにも気がつきました。
これが「出力管カソードからの引き出し線を、0Ω、4Ω、8Ω、16Ωと切り替えるだけで、簡単にカソード帰還量をいろいろに変えることができ、その結果、アンプ全体の歪み率にさまざまな影響を与える」ということでした。この時の経験が後に「6G-A4シングル・アンプその2」で生かされることになります。
電源は、シリコン・ダイオードを使用したごく普通の両波整流ですが、当初、π型のリプル・フィルタを経たあとの左右チャネルへの振り分けをしませんでした。ブロックコンを、47μ+47μ/450V2本から100μ+100μ/450V2本に交換したので容量の大幅増加となり、1つの電源から左右両チャネルに振り分けても大丈夫なのではないかと思ったからです。そのようなことが書かれている製作記事はたくさんありますし、それを素直に信じた私が愚かでした。この思惑は見事にハズレたのです。以後、製作記事というものは、それがどれほど著名な先生がお書きになったものであってもそのまま信じないで、自分自身に対して「なぜ?」と問い掛け、自分で検証するという癖がついたのでした。ちなみに「なぜ」は伊太利亜語で「perche」と書き「ぺるけ」と発音します。パソコン通信での私のハンドルネームです。
バイアス用のマイナス電源は、ヒーター巻き線の5Vと6.3Vを直列にしてそのまま半波整流したものを、6Vのツェナ・ダイオード1本の簡単な定電圧電源から供給しています。
失敗その1は、負帰還のかけかたにありました。電圧増幅2段で2段目プレートから初段カソードにDC帰還をかけたため(いいと思ったのですが)初段のカソード側の抵抗インピーダンスのために、初段がヒーター・ハムを拾ってしまいました。ヒーターにプラスのバイアスをかけてみたもののその効果は微々たるものでした。2つめの失敗は、出力段の電源の供給方法でした。左右チャネルに対して1つの共通電源から供給したため(パスコンの容量は100μFもあれば問題ないと思った)低域のクロストークは500Hzあたりから悪くなりはじめ、100Hzで50dB、10Hzではたった31dBという惨澹たるありさまとなりました。そこで、急遽電源回路の変更となり、なんとか見られる特性にまでこぎつけました。しかし、高域のクロストークは(Tips & Hints 第11章に詳述)最後まで問題を残しました。
3つめの失敗は、後になってわかったことですが、このような利得配分のアンプではドライバ段に局部帰還を施して低歪みにしてしまうと、出力段の歪みをうまく打ち消すことができなくなって、かえってアンプ全体の歪みを増加させてしまうという問題です。この問題を根本的に解決するために、後にさらに大きな改造をすることになりました。
初段 ドライバ段 出力段 使用真空管(Tubes) 6FQ7
HITACHI or Toshiba6FQ7
HITACHI or ToshibaEL34 Telefunken
3極管接続バイアス方式(Bias) 自己バイアス 固定バイアス 自己バイアス+固定バイアス 電源供給電圧(Eb) 320V(変更前=303V) 320V(変更前=303V) 364V プレート電圧(Ep) 152V(変更前=143V) 177V(変更前=165V) 354V プレート電流(Ip) 3.0mA(+1.15mA) 4.33mA(-1.15mA) 48〜50mA バイアス電圧(Eg1) -4.8V(変更前=-4.5V) -6.06V -37V 負荷抵抗(RL) 56kΩ 33kΩ 5kΩ 出力トランス(OPT) - - TANGO U-608(5KΩ)
裸利得(RawGain) 33.6dB - 最終利得(Gain) 24.6dB NFB=6dB(初段-ドライバ), 3dB(KNF) 周波数特性(FrequencyResponse) 12Hz-110kHz -3dB クロストーク(CrossTalk)電源回路変更前 50dB 100Hz-6kHz クロストーク(CrossTalk)電源回路変更後 50dB 12Hz-7kHz 出力(OutputPower) 5.0W 5%歪み at 1kHz 歪み率(Distortion) 0.36% at 0.1W/1kHz 1.3% at 1W/1kHz 5.0% at 5W/1kHz ダンピング・ファクタ(D.F.) 4.4 80Hz-15kHz 4.0以上 23Hz-30kHz 残留雑音(Noise) 1.28mV at R-ch(A補正なし)
回路図へ