真空管MCヘッドアンプ付プリ・アンプ
Tube MC Frontended Pre Amplifier


学生時代は、いろいろなオーディオ機器を自作していましたが、就職してサラリーマン生活がはじまると自作どころではなくなってしまい、しばらくの間既製品のレシーバーを使っていました。やがて、生活のペースにも余裕ができはじめたのでこのホームページでもご紹介した「EL34 3結シングルアンプ」をはじめとするメインアンプを作りはじめます。

当時使っていたONKYOの普及型のレシーバーは、プリ部アンプとメインアンプ部とが一体化されていたため、窮余の策として、ボリューム・コントロールのところでレシーバーのアンプ部への配線を切断し、そこからシールド線を引き出して先にRCA PINコネクタを取り付けた簡易型のプリ出力をこしらえました。レシーバーのセレクタスイッチを出たラインレベルの信号は、ボリューム・コントロールを出たあと、何の増幅段も経ないままいきなり外に引き出されて、外部のメインアンプに接続されます。このときわかったことは、増幅段なしでも利得に全く不足を感じなかっただけでなく、今までボリューム・コントロールは9時〜10時あたりがちょうど良くて、11時にしようものなら音量が大きすぎてうるさかったのが、12時〜14時くらいでいい音量になってくれてたいへん使いやすくなったということです。

いよいよプリアンプも自作しようということになり設計をはじめたわけですが、当然、ラインレベルでの利得は「1」でよいというコンセプトになりました。もっとも、真空管回路では10倍以上の増幅率の回路は簡単なのに、2倍以下の低い増幅率の回路を構成するのはかなりテクニックがいります。利得「1」であれば、なにもしないか、カソードフォロワでいいことになるので構成が簡単になってくれます。

プリアンプの設計では、私の場合もうひとつ課題があります。それは、MC型カートリッジ「DENON DL-103」がダイレクトに接続できるようにするということです。1979年、知り合いのために12AX7/ECC83単段SRPPを使った真空管式MC用ヘッドアンプというのを作ったことがあります。アンプ部の回路は右図のようなものでした。

ほかにもトランジスタを使ってたくさんのMCヘッドアンプ(12)を作りましたが、この真空管式が驚くほどのリアリティと迫力ある音を出してくれたので、今回も初段は(無理を承知で)真空管でゆきたいと心に固く決めました。

入出力の構成は、6つの入力「MC Phono」「Tape」「CD」「Tuner」「TV/Video」「AUX」と2つの出力「REC OUT」「PRE OUT」を持ち、「MC Phono」からラインレベルまでの利得は62dB(約1200倍)で、ライン入力からプリ出力までの利得は0dB(1倍)というものです。操作部分としては「入力セレクタ」と「ボリューム・コントロール」の2つだけで、トーン・コントロールやバランス・コントロールはありません。実に簡単なものです。

このプリアンプは、完成後、1日の平均稼動時間はおそらく8時間以上、年間で3000時間を超えます。稼動しはじめて20年以上経ちますから、単純計算で60000時間無故障ということになります。この間、交換したのは初段の12AX7が1本だけです。このプリアンプは2007年1月現在も我が家の主力機として活躍しています。

This Tube Pre Amplifier is designed for my daily use, featuring tube MC frontend and simple line buffer amplifier. No tone controls, no filters. In 1976, I built a tube MC headamp (schematic show above) for my friend. This headamp had amazingly real sound, therefore I decided to use tube frontend for this project inspite of any difficulty. Total gain from MC input throughout Pre out is 62dB, this figure is enough for DENON's DL-103. This Preamp has been in operation for over twelve years without any trouble only except replacing one 12AX7.

■特徴および構成

<利得の設計>

与えられた条件は以下のとおりです。
  • Phono MC入力:0.3mV〜0.4mV (400Ω〜1kΩ)・・・"DENON DL-103"を想定
  • ライン入力:約0.5V (50kΩ〜100kΩ)・・・CD、Tuner、Tape、TV/Video、Aux
  • PRE出力:約0.5V (出力インピーダンス5kΩ以下)
この条件を満たすには、1200倍〜1600倍の利得を持ったPhonoイコライザー、約1倍の利得を持ったラインアンプが必要となります。約1倍の利得を持ったラインアンプはカソード・フォロワか深いP-G帰還をかけた1段アンプで実現できますので、最大の課題はMC直接入力から0.5Vのラインレベルまで一気に増幅できるPhonoイコライザー・アンプです。

<全体の構成>

最終的に決定した本機のブロックダイヤグラムは以下のとおりです。

12AX7単段P-G帰還構成のMCカートリッジのダイレクト入力を持ちます。その後、12AX7 2段によるオーソドックスなNF型RIAAイコライザ・アンプが続きます。ただし、後続するライン入力回路のボリュームが50kΩのものを使っている都合上、入力インピーダンスが真空管アンプにしてはかなり低め(45kΩ)であるため、NF型RIAAイコライザ・アンプの2段目は、12AX7の2ユニットをパラレルにして若干ですが重い負荷に耐えるとうにしています。ラインレベルでは、セレクタとボリューム・コントロールの後、なんの変哲もない12AX7のカソード・フォロワを経てプリ出力となっています。

<MCヘッドアンプ部>

MCヘッドアンプ部が単段のP-G帰還になった理由は以下のとおりです。
  • 理論的にみても真空管の低雑音性能ではぎりぎりである。
  • 低雑音を最優先とすると、カソードは交流的に接地した方が有利である。
  • となると、初段カソードに負帰還を戻すような、2段構成の回路は選択できない。
というわけです。冒頭で述べたように、過去に作った真空管式のMCヘッドアンプは12AX7/ECC83をSRPPで構成したものでした。本プリアンプを製作した時(1988年頃)はまだSRPP回路について十分な知識(
12)がなく、過去にSRPP回路を使ったことがあるといってもきちんと動作条件を検証したわけではありませんでした。当時は簡単なロードラインを引くのが精いっぱいだったので、自分で納得できる回路としてはごく一般的な増幅回路ということになります。従って、本機では当時はまだ動作についてよく理解できないでいたSRPP回路は採用せず、ごく普通の12AX7単段構成になりました。

初段管に何を採用するかですが、過去の経験から12AT7や12AU7はマイクロフォニック雑音が出やすいことがわかっていましたし、球数をあまり多くしたくなかったので月並みですがμが大きい双3極管の12AX7/ECC83でゆくことにしました。今だったら6DJ8/6922のような危険な球を選んだかもしれません。松下製の12AX7(Tマーク)が振動にも強いというので秋葉原中これを求めて探しまわったものです。ジャンク屋の奥の隅の棚から紙箱がよれよれになった12AX7(Tマーク)を見つけ出したりしたことを覚えています。(後になって、そこまでしてまで松下製の12AX7(Tマーク)にこだわることもなかったことがわかりました)

MCカートリッジの出力信号レベルでは(高域のピーク時のような高出力時であっても)球で発生する歪みは充分小さいので、歪みを下げるような目的での局部帰還はいらないと判断しましたが、12AX7単段のままですと利得は50倍〜60倍になり、このままだと後続のRIAAイコライザ段の利得は、

(1200倍〜1600倍)÷(50倍〜60倍)=20倍〜32倍
でなければなりません。実は、これは難しいのです。このことは次の章で説明します。そのため、全体の利得バランスを考えて初段には若干のP-K帰還をかけて意図的に利得を減らしています。球自身が発生する雑音は、入力換算値で評価すると負帰還をかけてもかけなくても結果は同じですから、S/N比をあげるという目的での負帰還効果はありません。

<RIAAイコライザアンプ部>

イコライザアンプ部は、ごく一般的な2段NF型です。さて、RIAAイコライザ段の最終利得を下げようとすると、NF型の場合、RIAAイコライザ素子全体のインピーダンスを下げなければなりません。動作バランスを考えると、負帰還を戻している側のカソード抵抗値をあまり大きくするわけにはいかないからです。RIAAイコライザ素子全体のインピーダンスを下げると、高域になるほど終段の負荷が重くなってしまいます。かといって、RIAAイコライザ素子全体のインピーダンスを高くすると、帰還後の利得が高くなりすぎて、総合利得が大きくなりすぎ、しかも低域端で利得は不足してRIAA精度が低下してしまいます。あちらを立てればこちらが立たず、です。これは、2段NF型RIAAイコライザ回路の宿命的な欠点です。

※厳密には、これに加えてREC OUTにぶらさがったテープデッキの入力インピーダンス(約50〜100kΩ)も負荷に加えられます。

上図は、RIAAイコライザアンプの終段部分の負荷の様子を表したものです。12AX7単体の内部抵抗はおおよそ80kΩです。この12AX7の負荷になるものには3つあります。(1)プレート負荷抵抗の150kΩの抵抗。(2)次段入力インピーダンス、すなわち50kΩのボリューム。(3)RIAA素子+初段カソード抵抗です。この3つめのRIAA素子が曲者で、1kHzの時のインピーダンスは80kΩ以上ありますが、20kHzではたったの8kΩしかありません。

12AX7単ユニットの時50Hz1kHz20kHz
プレート負荷抵抗 (a)150kΩ150kΩ150kΩ
ボリューム回路入力インピーダンス (b)50kΩ50kΩ50kΩ
RIAA素子インピーダンス+初段カソード抵抗 (c)600kΩ+2.7kΩ85kΩ+2.7kΩ8kΩ+2.7kΩ
合成総合負荷インピーダンス (a//b//c)35kΩ26kΩ8kΩ
12AX7単ユニット内部抵抗80kΩ80kΩ80kΩ
12AX7単ユニットμ100100100
12AX7単ユニット利得30.6倍24.7倍9.5倍

12AX7パラレルの時50Hz1kHz20kHz
プレート負荷抵抗 (a)75kΩ75kΩ75kΩ
ボリューム回路入力インピーダンス (b)50kΩ50kΩ50kΩ
RIAA素子インピーダンス+初段カソード抵抗 (c)600kΩ+2.7kΩ85kΩ+2.7kΩ8kΩ+2.7kΩ
合成総合負荷インピーダンス (a//b//c)29kΩ22kΩ8kΩ
12AX7パラレル内部抵抗40kΩ40kΩ40kΩ
12AX7パラレルμ100100100
12AX7パラレル利得41.7倍35.8倍16.5倍

利得のバランスと、各段の裸利得や負荷の重さと相談の結果が本機の利得配分というわけです。ただ、12AX7/ECC83の出力インピーダンスがあまりに高いので、終段だけはパラレル接続にしています。今だったらパラレルではなくSRPPにしたでしょう(その方が出力インピーダンスが低い)。

PHONO部全体を通して、入力換算雑音はA補正なしで-112dBくらいとなり、DL-103の信号レベルが-70dBくらいですから、ノイズマージンはたったの42dBしかとれていない計算になります。初段に真空管を使用する限り、このあたりが限界のようです。実用的には、気になるか気にならないかぎりぎりのきわどいところです。ジャズや室内楽ではほとんど問題ありませんが、マーラーの交響曲になるとピアニシモでノイズが気になります。初段に真空管を使う限り、デバイスの固有雑音の問題は残ります。

雑音にはたいへんクリティカルなので、初段管だけは何本か差し替えてみて選別する必要があります。TELEFUNKEN製、SIEMENS製、松下製はほとんど問題かったですが、NEC製12AX7Aはやや雑音が多く、Mullard製CV4004は固有雑音は少ないのにマイクロフォニック雑音がひどく全滅でした。現在は、TELEFUNLEN製と松下製の混成です。

いろいろ工夫したつもりだったのですが、出来上がってみればなんでもないような回路になっていました。MC入力は、雑音に関しては本機のレベルではまだ満足できていません。近いうちに、本機が抱える諸問題を解決したプリアンプを作るつもりです。

<ラインまわりとラインバッファアンプ部>

製作当初は、50KΩのボリューム・コントロールからじかにプリ出力を取り出していましたが、家の引越しをした結果、プリアンプとメインアンプとの距離が5mになってしまい、50pF/mの低容量ケーブルを使用しても聴感上明らかに高域の減衰と鈍さを感じるようになってしまいました。ボリューム・コントロールが50KΩの場合、出力インピーダンスの最大値は12.5KΩになります。負荷となる容量は50pF×5mプラスアルファですから、えいやで350pFくらいあるとします。これだと、36kHzですでに-3dBの減衰になってしまいます。これでは駄目です。

そこで、急遽、ボリューム・コントロールの後ろにカソード・フォロワによるバッファを追加しました。ごく普通のカソード・フォロワですが、カソード電圧がヒーターに対して+80V以上になると、チー、ピー、チュルチュルといった不規則な雑音がごくわずかですが発生しました。これは、12AX7、12AU7、12AT7どれに差し替えても少なからず出ます。そこで、カソード電圧を下げ、さらにヒーター電位を少し上げてやってようやくおとなしくなってくれました。

カソード・フォロワ段だけは、1本の12AX7/ECC83の各ユニットを左右両チャネルに振り分けて使用しています。こうすることで、クロストークがどのくらい悪化するのか少々心配でしたが、さいわいカソード・フォロワではプレートが交流的に接地されてシールドの役目を果たすので、100kHzでも79dB以上という数字が得られました。帯域特性は10Hz〜1MHzまでフラットで、歪み率も我がポンコツ歪み率計の測定限界(0.05%)以下でした。残留雑音はA補正なしで60μVと優秀です。雑音にハムはほとんど乗っていません。

「入力」から「入力セレクタ」、そして「ボリューム・コントロール」までの配線にはシールド線ではなく、リボン・ケーブルを使用しています。信号のためのラインを、平たくなったリボン・ケーブルの1本おきに配置し、信号ケーブルと信号ケーブルの間にはさまったすべてのケーブルの片側をアースして、信号の飛びつきを防止します。下図のように、line1、line2、line3に信号を流し、残った4本をアースするわけです。

こうすることで、信号ケーブルとアース間の容量がずいぶん少なくなっています。外部からのノイズの混入もありません。試してみてうまくいった方法のひとつです。

2003年9月15日にライン・アンプ部を改修しましたので必ずお読みください。

<電源>

AC100Vからのラインは、いきなりACライン・ノイズ・フィルタにはいります。電源トランスはプリアンプ用のTANGO ST-30で、ショートリングおよび静電シールド付きのごく普通のプリアンプ用です。寝かせて取り付けるためのアングルがついていて助かります。

B電源は、整流後トランジスタを使った簡単なリプル・フィルタを経て各段に供給されます。特別なことは全くやっていませんが、厳密に守っていることがひとつだけあります。それは、すべての増幅段に個別にデカップリング・コンデンサを入れているということです。1つのデカップリング・コンデンサから左右チャネルの増幅回路に電源を供給すると、低域でのクロストークが簡単に悪化するということは、本ホームページのあちこちにくどいほど書きました。

ヒーター電源は、ブリッジ整流後やはりトランジスタ・フィルタを経て供給されています。MC入力の初段管は、ヒーターの残留リプルにはたいへん敏感であることがわかったので、リプルは徹底的に取ってあり、残留リプルは1mV以下になっています。カソード・フォロワ段のヒーターは、ヒーター電位がすこしでもカソード電位に接近するように工夫してあります。

<アースの配線>

プリアンプでのアースの引き方は、メインアンプのそれと比べると格段に難しいといっていいでしょう。メインアンプならば、電源上流部のリプル。フィルタ・コンデンサのアースの引き回しさえ注意すれば、そんなに苦労しなくても残留ハムを0.5mV以下に押え込むことができます。

しかし、MC入力を持ったプリアンプで要求されるハムレベルというのは、メインアンプの1/1000のオーダーです。これくらいになってくると、1点アースでは全く歯がたちません。なぜなら、1点アースという手法は、アースに流れるさまざまな電流のことをいちいち考えるのがめんどうくさいので、とにかく強引にハムの原因を封じ込めようという発想の手法だからです。アースの理論は相当に複雑で奥深いものがあり、それを「1点アースならOK」などとひとことで始末できるほと単純なものではありません。1点アースにしたらまずい場合もたくさんあるのです。

本機で、どのようにアースを引いているのかここでは説明しませんが、本ホームページの私のアンプ設計マニュアルの「アース回路その1〜3」でそのしくみを詳しく述べていますので参考にしてください。ここに書かれていることさえ守れば、MC入力付のプリアンプでもこわくはないと思います。


■特性

<MCヘッドアンプ部・イコライザアンプ部>

利得/Gain62dBat 1kHz
RIAA偏差50Hz〜15kHz+0.5dB/-0.5dB
歪み率/Distortion0.18%3V/at 100Hz
0.15%3V/at 1kHz
0.165%3V/at 10kHz
ダイナミック・マージン/Dynaic margin37.3dB1%歪 at 100Hz/DL-103
36.9dB1%歪 at 1kHz/DL-103
33.0dB1%歪 at 10kHz/DL-103
入力換算雑音/Noise-112dBL-ch,R-ch同一値(A補正なし)

<LINEバッファアンプ部>

利得/Gain-0.1dBat 1kHz
周波数特性/Frequency response10Hz〜1MkHz+0dB/-1dB
クロストーク/CrossTalk79dB10Hz〜100kHz
歪み率/Distortion0.03%以下測定不能
残留雑音/Noise60μVL-ch,R-ch同一値(A補正なし)

■回路図

<アンプ部>

(右下はラインアンプ部の改修後)

<電源部>


■改修

本プリアンプは2003年9月に改修を行い、ライン・アンプ部が、カソード・フォロワからP-G帰還に変更されました。詳しいレポートはここにあります。

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